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ヨネスケ

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桂 米助かつら よねすけ
本名 小野 五六(おの ごろう)
別名 ヨネスケ 鷲塚与太八郎
生年月日 (1948-04-15) 1948年4月15日(76歳)
出身地 日本の旗 日本千葉県市原市
師匠 4代目桂米丸
出囃子 私を野球場へ連れてって
活動期間 1967年 -
活動内容 古典落語
新作落語
タレント
所属 日本芸術協会→落語芸術協会
古舘プロジェクト(マネジメント)
受賞歴
日本放送演芸大賞ホープ賞(1982年
備考
落語芸術協会理事

ヨネスケ1948年昭和23年〉4月15日 - )は、千葉県市原市出身の落語家タレント

千葉県立市原高等学校八幡分校(現:千葉県立京葉高等学校)卒業。所属事務所古舘プロジェクト。血液型はO型落語芸術協会理事。高座名は桂 米助(かつら よねすけ)。出囃子は『私を野球場へ連れてって(Take Me Out to the Ball Game)』。本名は小野 五六(おの ごろう)。

人物[編集]

家庭環境[編集]

  • 兄と姉2人の4人兄弟だが、父親がそれぞれ違う複雑な家庭環境で育ったことで有名である(兄とヨネスケは父が同じだが、姉2人はそれぞれ父が違い、ヨネスケには「父親」と呼ぶべき男性が3人いる)。
  • 本人の弁によれば、兄とヨネスケの父は正妻が待つ別の家庭を持っており、自分の母はという立場であったという。事情は不明ながら父は生活費を家には入れず、兄弟が多く女手一つでの生活はとても苦しかったそうである。だが母は文句を一切言わず、父が家に居る時はとても嬉しそうであり、大げさな表現をすれば少女のようにはしゃぎ、子どもながら父をとても愛しているのが分かったという。
  • 父についての思い出は、いつも家に居ないが、たまに家に居る時は必ず居間で煙草をゆっくりと吸いながら新聞を読んでおり、とても寡黙な人物だったという。なお、本名の「五六(ごろう)」というのはヨネスケが産まれた時、父親が56歳だったことに由来している[1]
  • 父だという男性については、現在でも本名もどこに家庭があったのかも分からないという。

落語家「桂米助」[編集]

  • 4代目桂米丸にとっては初となる直弟子である。なお、米丸門下の惣領弟子は、米丸の弟弟子であり大師匠・5代目古今亭今輔門下からの預かり弟子にあたる桂歌丸である。
  • 師匠・米丸は米助に稽古を付けることがなかったらしく、米助に初めて稽古を付けたのは当時二ツ目であった兄弟子・歌丸であったという。なお、仮に自分が歌丸の弟子であったならば破門宣告を受けていた可能性があったとも述べている。なお、歌丸も米助のことを「とんでもない弟弟子だ」と思ったことがあるという。
  • 米助が若手の頃、米丸が米助の弟弟子だけを海に遊びに連れて行き、米助のことは連れて行かなかったことがあった。この件で米助は師匠・米丸に対して拗ねてしまい、楽屋内で師匠に挨拶もせず無視したという。この事実は、その場に居合わせた三遊亭小遊三によって後に暴露されている。
  • カタカナ表記の「ヨネスケ」になったいきさつについて、本人の弁によると、「米助」という漢字の表記だと、特に関西地方で「ベイスケ」と読まれてしまい、桂米朝門下の噺家であると誤解されることが多かった[2]ため、誤読を避けるためにカタカナ表記にしたとのことである。なお、カタカナで名乗ること自体が落語界では前代未聞の事件であったこともあり、関係者とひと悶着があったという。これについて兄弟子・歌丸は「芸がこなせるのであれば、カタカナで名乗ってもいいのではないか」と理解を示している。
  • 東西芸人いきなり!2人旅』では月亭方正と一緒に那須塩原市を旅行し、方正に対して「落語は“人生”だし、悩んだことが落語として出てくる。落語は他に色々なことをやりながらやった方がいい」などとアドバイスした[3]
  • 自作の得意ネタは『寝床』を川崎時代のロッテに置き換えた『野球寝床』[4]、『天狗裁き』の天狗を長嶋茂雄にした『長嶋裁き』といった「野球落語」や、『落語禁止法』など。大師匠・5代目今輔の創作した『ラーメン屋』『表札』などの新作落語も継承している。古典落語では『看板のピン』『壺算』『猫と金魚』などが得意ネタである。

『笑点』座布団運び[編集]

  • 笑点』の座布団運びがテレビデビューだが、出演時の正式な座布団運びは1970年当時人気の女性アイドル・小野千春でサポート役としての出演だった[5]
  • 『笑点』への出演は、当時メンバーであった兄弟子・歌丸の推薦があったから実現できたと後に述べている。
  • 現在でも『笑点』には真打・襲名昇進披露に出演することがある。

「突撃!隣の晩ごはん」[編集]

スポーツに対する造詣[編集]

  • 野球に対する造詣が深く、創作の「野球落語」を披露したり、イベント「ヨネスケの単なる野球好き」を開催している。読売ジャイアンツのファンであるが、会長渡邉恒雄の方針には批判的である。しかし、2004年プロ野球再編問題では、渡邉会長の「たかが選手」発言を擁護し、「たしかにたかが選手だし」などと発言した。
  • 相撲ファンでもあり、『菊ノ花』という相撲を題材とした創作落語を発表したこともある。千代の山の相撲を見たことが相撲ファンになったきっかけである。2017年9月場所において11勝で幕内最高優勝を果たしたものの金星を4個配給した日馬富士に関し、場所後に「横綱としていかがなものか。もう潔く引退してほしい」とTwitterに投稿したところ、「冗談じゃねぇ! お前こそ落語家を引退しろっ!」という返信が山ほど返ってきて炎上したことがある[6]
  • 2007年4月30日NHK総合テレビの生放送番組『だから大リーグに夢中〜ニッポン旋風を巻き起こせ〜』に出演。その足でNHK-FMの生放送番組『今日は一日アニソン三昧SS』にも途中乱入した。
  • 『最後の審判』という創作落語を演じた際、マクラで第1回WBCの日本戦における誤審を取り上げたことがある。この時は誤審にはかなり怒っていた様子で、「お袋の戒名は忘れてもボブ・ディビット審判だけは忘れない」とぶちまけた[7]

「鷲塚与太八郎」[編集]

  • 寄席では「鷲塚 与太八郎(わしづか よたはちろう)」と名乗ることがある。
  • 真打・襲名披露口上においては同席した口上を行う落語家の名前を「外国人名」で紹介することがあり、本人は「これが俺の楽しみ」としている。

その他の逸話[編集]

略歴[編集]

出演[編集]

テレビ番組[編集]

テレビドラマ[編集]

ラジオ番組[編集]

映画[編集]

CM[編集]

ディスコグラフィ[編集]

CD[編集]

DVD[編集]

  • 桂米助の野球落語 Vol.1 『野球寝床』『最後の審判』(2006年4月、テイチクエンタテインメント
  • 桂米助の野球落語 Vol.2 『沢村栄治物語』(2006年9月、テイチクエンタテインメント)
  • 桂米助の野球落語 Vol.3 『天覧試合』(2007年2月、テイチクエンタテインメント)
  • 桂米助の野球落語 Vol.4 『奥様は迷コーチ』『長嶋裁き』(2007年9月、テイチクエンタテインメント)

著書[編集]

単著[編集]

  • 新・相撲のススメ(1992年1月、雄鶏社) ISBN 978-4277851015
  • ヨネスケの突撃!隣の晩ごはん(1993年5月、NTT出版) ISBN 978-4871882231
  • ごはん 『突撃!隣の晩ごはん』はあなたに幸福をもたらす!(2001年7月、講談社) ISBN 978-4062108133
  • ヨネスケの駅弁空弁600選(2011年1月28日、辰巳出版) ISBN 978-4777808656
  • 人たらしの極意(2013年7月、小学館101新書) ISBN 978-4098251711

共著[編集]

弟子[編集]

脚注[編集]

  1. 日刊ゲンダイ 2006年3月17日 11面記事より
  2. 実際に入門年はヨネスケよりも下になるが、米朝門下に「桂米輔」(かつらよねすけ)という落語家が存在する。
  3. 2013年3月24日(日)「東西芸人いきなり!2人旅」”. gooテレビ (2013年3月24日). 2015年6月24日閲覧。
  4. 演じるにあたり球場名や対戦カードは現在のものに置き換えているが、客入りの表現などは現実と合わない部分がある。
  5. ぴあMOOK『笑点五〇年史 1966-2016』131ページ
  6. 週刊FLASH 2017年10月10日号
  7. 週刊文春 2006年6月1日 p.142~146「阿川佐和子のこの人に会いたい(第632回)」
  8. スポーツ報知:ヨネスケ、今年3月に離婚「三下り半突きつけられた」(2015年6月24日)
  9. 本放送時の放送日時。
  10. ただし、それ以前も不定期ゲストとして出演していた。

外部リンク[編集]

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