生活支援センターすいすい
Lua エラー package.lua 内、80 行目: module 'Module:Message box/configuration' not found 生活支援センターすいすいは、1999年に開設した、大阪市東成区にある精神障害者地域生活支援センターのことである。
開設まで[編集]
開設当時、大阪市に地域生活支援センターは存在しなかった。1996年に西成区南津守や阿倍野区美章園にセンターを新設する計画が持ち上がったが、反対地元住民との話し合いが中断し、実現に至っていなかった。こうした中、1994年から東成区・生野区・天王寺区の作業所指導員らが設置構想をまとめ、1999年3月に運営団体HITを結成、市から委託を受けた上で6月1日に開所する予定だったのが「すいすい」である。市は障害者支援プランで2002年度末までに地域生活支援センターを8箇所にする計画を立てており、「すいすい」は大阪市初の開設事例となるはずであった[1]。
しかし、1999年5月下旬に地元町会に通知したところ、住民から開所反対の声が上がり、住民側は反対署名運動や民家に反対の張り紙をするなどの行動に出た[1]。センターは6月14日に開所し[2]、支援に入った障害者の自立と完全参加をめざす大阪連絡会議など3団体が周辺でのビラ配りで理解を得ようとしたが[3]、住民側は7月5日、約2600人分の反対署名を市に提出した[4]。市議会でも取り上げられ、7月12日の民生保健委員会で環境保健局理事が、6月の開所予定に対し市の地元への説明が5月下旬と開所間際だったことが問題と謝罪した[5]。
8月9日には4つの障害者団体が業務正常化に向けた対策を求める要望書を市に提出した[6]。センター側も、区社会福祉協議会の理事や民生委員など、地域福祉を推進する立場にある者が反対署名運動を主導しているのはおかしいとして、市に指導を陳情した[2]。一方住民側の反対意識は高まり、7月に提出した署名に回答しない行政には協力できないとして、夏祭りや公園清掃などの行事をボイコットした。センターが入居するビルに所有者を中傷するビラを貼る、センターに脅迫電話をかける、といった動きに出る者もいた。センター周辺には設置に反対する200本ののぼりが立ち、通所者の中には反対の文字に取り囲まれることで体調を崩す者もいた[7]。
結局10月には住民とセンター側が歩み寄り、条件交渉に方針を転換、10月16日にのぼりは撤去された[8]。
参考文献[編集]
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- 朝日新聞1999年6月26日「障害者施設に理解を」
- 読売新聞1999年6月26日「障害者ら理解訴え」
- 朝日新聞1999年6月22日「説明ない住民反発・市、実践で理解える」
- 季刊Review NO.40 反対運動とまちづくり
- 大阪市東成区 中本社会福祉協議会「どりーむ -歴史の道がとおるまち-」
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ↑ 1.0 1.1 「東成に精神障害者支援施設計画 住民「生活不安」と反対 大阪市内で3例目」『読売新聞』1999年6月22日付大阪本社朝刊28面。
- ↑ 2.0 2.1 「精神障害者の交流の施設 設置反対ノボリ200本 住民「説明足りぬ」」『読売新聞』1999年8月17日付大阪本社夕刊11面。
- ↑ 「「障害者施設に理解を」東成の支援センター開設反対問題」『朝日新聞』1999年6月26日付大阪本社朝刊31面(大阪)。
- ↑ 「障害者施設の反対署名提出 大阪・東成区の周辺住民ら」『朝日新聞』1999年7月6日付大阪本社朝刊23面(大阪)。
- ↑ 「開設遅れる障害者施設 大阪市理事が議会委で地元に謝罪 直前の説明会で混乱」『読売新聞』1999年7月13日付大阪本社朝刊32面。
- ↑ 「正常化求め大阪市に要望書 東成の障害者施設問題で支援団体」『朝日新聞』1999年8月10日付大阪本社朝刊(大阪)。
- ↑ 磯崎由美「大阪・東成区の精神障害者支援センターに住民が撤去運動 「市の事前説明なし」」『毎日新聞』1999年8月24日付大阪本社夕刊11面。
- ↑ 広瀬和勇「障害者支援施設反対ノボリ撤去 行政に大きな課題 住民自治か福祉理念か」『読売新聞』1999年10月17日付大阪本社朝刊27面。
- ↑ まねき猫通信「探検隊-フォークシンガー 塚本正治さん」
外部リンク[編集]
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