宮城晃太
提供:EverybodyWiki Bios & Wiki
| ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
名前 | ||||||
カタカナ | ミヤギ コウタ | |||||
ラテン文字 | MIYAGI Kota | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1993年10月10日(31歳) | |||||
出身地 | 沖縄県那覇市 | |||||
身長 | 160cm | |||||
体重 | 60kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | MF | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
松島FC | ||||||
FC琉球U-15 | ||||||
那覇西高校 | ||||||
大阪産業大学 | ||||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2016 | FC琉球 | 0 | (0) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2016年12月12日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
宮城 晃太(みやぎ こうた、1993年10月10日 - )は、沖縄県那覇市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは、ミッドフィールダー(MF)。
来歴[編集]
FC琉球U-15出身で、中学校卒業後にU-18へ昇格することもできたが、那覇西高校への進学を選択した[1]。
大阪産業大学を経て、2016年より、古巣のFC琉球へ加入(大学で同期の山内達朗も同年加入)[2]。同年シーズン終了後、現役引退が発表され、FC琉球アカデミーコーチに就任した[3]。
2019年2月からJICA海外協力隊員としてカンボジアクラチエ州でユース年代の指導にあたっている[4]。
所属クラブ[編集]
- ユース経歴
- 松島FC
- FC琉球U-15
- 沖縄県立那覇西高等学校
- 大阪産業大学
- プロ経歴
- 2016年 FC琉球
個人成績[編集]
国内大会個人成績 | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2016 | 琉球 | 3 | J3 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 0 | 0 | |
通算 | 日本 | J3 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
総通算 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
指導歴[編集]
- 2017年 - 2018年 FC琉球アカデミーコーチ
脚注[編集]
- ↑ “那覇西高MF宮城晃太(2年)_2アシストの活躍みせた下級生MF”. ゲキサカ. (2011年1月2日) 2017年2月19日閲覧。
- ↑ “宮城晃太選手・山内達朗選手・知念雄太朗選手 新加入のお知らせ” (プレスリリース), FC琉球, (2015年12月28日) 2017年2月19日閲覧。
- ↑ “宮城晃太選手、現役引退のお知らせ” (プレスリリース), FC琉球, (2016年12月12日) 2017年2月19日閲覧。
- ↑ “地方からカンボジアサッカーの底上げを【JICA海外協力隊員・宮城晃太さん】”. NyoNyum (2020年1月21日). 2020年2月7日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- Lua エラー モジュール:External_links 内、369 行目: attempt to index field 'wikibase' (a nil value)
- 宮城晃太 - Facebook
- Lua エラー モジュール:Twitter 内、8 行目: attempt to index field 'wikibase' (a nil value)
This article "宮城晃太" is from Wikipedia. The list of its authors can be seen in its historical and/or the page Edithistory:宮城晃太.