中山義一

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中山 義一(なかやま よしかず、1960年 - )は、日本の研究者。経営者。NJS執行役員。専門は、上下水道設計工学。調査・設計コンサルタント。福岡県出身。浸水対策の研究者。

中山 義一
人物情報
生誕 スクリプトエラー: モジュール「Separated entries」はありません。
死没 スクリプトエラー: モジュール「Separated entries」はありません。
国籍 日本の旗 日本
出身校 山口大学工学部社会建設工学科
同大学同学部博士前期課程修了
学問
研究分野 上下水道設計工学
浸水対策
研究機関 NJS
同社東部支社名古屋総合事務所
同社大阪事務所
学位 工学修士
主な業績 津波対策の研究
局所集中豪雨被害の研究
南海トラフ想定時の浸水被害対策の研究
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略歴[編集]

1960年生まれ。福岡県出身。福岡県立京都高等学校卒業。1983年(昭和58年)山口大学工学部社会建設工学科卒業。1985年(昭和60年)同大学同学部博士前期課程修了、工学修士 [1]。 NJS入社。同社執行役員東部支社名古屋総合事務所長[2][3][4]。2018年(平成30年)4月同社大阪総合事務所長に就任[5]

エピソード[編集]

大学では、主に降雨により流出する土砂の実験研究を行う。人工降雨装置で3年間にわたり雨を降らせた経験から、計測機器を用いなくても今降っている雨の強度を推測でき、現在携わっている浸水対策に大いに生かされていると述べている。また、実験で自然現象を観察・研究してきた経験は、現場で何が起きるかを予想する想像力をかき立てる原動力になると言及 [6]

論文[編集]

単著[編集]

  • 「降雨による飛散土量分布に関する一考察 - A Consideration on the Quantitative

Distribution of Splashed Soil by Rainfall」(山口大学工学部研究報告、1984年、共著藤原輝男、南信弘)[7]

  • 「ゴムと樹脂の直接接着技術 : ラジカロック (特設記事 異材接合の最新動向)」NII論文ID(NAID) 40021006455(日本プラスチック工業連盟誌、2016年、日本工業出版)[8]
  • 「技術者塾SELECTION 組み合わせ次第で設計が変わる 異種材料接合のポイント(第6回)ゴムと樹脂を化学的に結合させる(上)」(日経ものづくり、2015年、日経BP社)NII論文ID(NAID) 40020521473 [9]

共著[編集]

  • 「関西国際空港連絡橋工事測量」(測量、1989年、日本測量協会)(共著論文)NII論文ID(NAID) 40002242835[10]
  • 「流水監視装置を用いた下水道管路内の流水状況監視技術」(日本上下水道設計株式会社、共著:遠藤雅也・中山義一、下水道研究発表会論文集、2013年)[11]
  • 「リアルタイム雨量・水位等の収集・提供システム の豪雨対策への活用」(下水道研究発表会論文集、2013年)[12]
  • 「津波シミュレーションを用いた津波対策基本計画の策定について」(日本上下水道設計、2013年)[13]

活動[編集]

  • 2006年 - 京都大学環境衛生工学研究会主催の第28回シンポジウムにて講義 - 『地震による都市の水循環システム障害の影響に関する2,3の考察』(山村尊房、加藤聖、石橋良啓、金納聡志、中山義一)[14]
  • 2017年8月 - 東京都にて『異種樹脂材料の接着、接合技術と界面制御』の講演を行う[15]
  • 2018年2月 - 東京都にて『難接着プラスチックの表面処理技術』と題して講演[16]

津波対策[編集]

平成25年度に、夏期講座を開催し、講演の前半は、南海トラフの巨大地震による津波と災害対応の転換を要する津波規模の推定について京都大学安田助教より解説を行い、後半は、中山本人より下水処理場等の津波対策について講義している[17]

局所集中豪雨被害への研究[編集]

広島市B-DASHプロジェクトと題して、国土交通省に於ける下水道革新的技術実証事業に関して、浸水対策の一環として「ICTを活用した浸水対策施設運用支援システム実用化実証研究」が平成26年度に採択されたことをうけて、広島市江波地区を実証フィールドとし、広島市 ・日本下水道光ファイバー技術協会・日本ヒューム株式会社・NJS から成る共同研究チームに参与し、国内の局所的集中豪雨の被害をいかに食い止めていくか述べている[18]

脚注[編集]

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