You can edit almost every page by Creating an account. Otherwise, see the FAQ.

富岡有象

提供:EverybodyWiki Bios & Wiki
移動先:案内検索


富岡 有象[1][2](とみおか ゆうぞう、1889年明治22年)6月18日[3] - 没年不明)は、日本医学博士[3]医師(皮泌科医)[4]、富岡皮膚泌尿科医院長[3]

人物[編集]

東京府・富岡保の長男[3]麹町区生まれ[3][4]早稲田中学校第一高等学校を経て1914年東京帝国大学医科大学を卒業[1][5]。陸軍一等軍医に任官し次いで伝染病研究所にて研究し、軍医学校教官となり欧州に留学、帰朝後に医学博士の学位を授与される[1]。陸軍二等軍医軍医少佐に累進する[4]

1927年、山村病院皮膚科部長[3]1932年、富岡皮膚泌尿科医院を創設し、一般患者の診療にあたる[1]。趣味は釣魚[1]。住所は東京府荏原郡碑衾町大字碑文谷[2]東京市芝区芝口一丁目[3](現・東京都港区新橋)。

家族・親族[編集]

富岡家
親戚

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 『帝国大学出身名鑑』ト24頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年9月11日閲覧。
  2. 2.0 2.1 『日本紳士録 第34版』東京トの部514頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年9月11日閲覧。
  3. 3.00 3.01 3.02 3.03 3.04 3.05 3.06 3.07 3.08 3.09 3.10 『大衆人事録 東京篇』523頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年9月11日閲覧。
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 『大衆人事録 第13版東京篇』523頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年9月11日閲覧。
  5. 『東京帝国大学一覧 從大正7年 至大正8年』学士及卒業生姓名 医学士157頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年9月11日閲覧。
  6. 6.0 6.1 『人事興信録 第9版』ト40頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年9月11日閲覧。

参考文献[編集]

  • 東京帝国大学編『東京帝国大学一覧 從大正7年 至大正8年』東京帝国大学、1913 - 1924年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第34版』交詢社、1930年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 校外調査会編『帝国大学出身名鑑』校外調査会、1932年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 東京篇』帝国秘密探偵社、1939年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第13版東京篇』帝国秘密探偵社、1940年。


This article "富岡有象" is from Wikipedia. The list of its authors can be seen in its historical and/or the page Edithistory:富岡有象.



Read or create/edit this page in another language[編集]