ブライアント=デニー・スタジアム
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ブライアント=デニー・スタジアムはアラバマ州タスカルーサにあるアラバマ大学構内に位置する屋外競技場である。SEC所属のアラバマ・クリムゾンタイドアメリカンフットボールチームのホームスタジアムとなっている。
93年前の1929年、1912年から20年にわたりアラバマ大学学長を務めたジョージ・H・デニーの功績を称え、“デニー・スタジアム”としてオープン。1975年に卒業生であり、1958年からアメリカンフットボールチームの監督を務めていたポール・ベア・ブライアントの名前が冠されることがアラバマ州議会によって決定した。その後、ブライアントは1982年まで監督を務めたが、自身の名前が冠されたスタジアムで指揮をふるった3人のうちの1人となった(NCAAディビジョンIにおいて)。
収容人数は100,077人。SEC内で4番目・全米で8番目、全世界で10番目に多い収容人数となっている。
建設の歴史[編集]
アラバマ大学が以前まで使っていたデニー・フィールドの後継として1929年9月28日のミシシッピカレッジ戦がこけら落としのゲームとなった(試合は55-0で勝利)[1]。翌週、22-7で勝利したミシシッピ大学戦で卒業生も迎えた公式な式典が催されることとなる[2]。
元々は現在のスタジアムの東側グランドスタンドの約半分に当たる12,000人を収容していたが、当時学長だったジョージ・H・デニーは66,000人を収容できるスタジアムを造るという構想であった。[3]
1937シーズン開始前、東側サイドラインにパーマネントシートが造られ、24000人収容に拡大[3][4]。1946年に両エンドゾーン、1961年に西側グランドスタンド、1966年にエンドゾーン周囲・東側グランドスタンドの増席を実施。31,000人/43,000人/60,210人と収容人数が増加していく[5][4]。 1988年には西側にアッパーデッキを追加、約10,000人の増席となり70,123名収容に。工事期間(1987シーズン)中、フットボールチームはホームゲームをスタジアム北東90km(アラバマ州バーミングハム)に位置するリージョン・フィールドで行った[6]。
脚注[編集]
- ↑ Tubb, Donald (1929年9月29日). “Alabama Gets 6 Touchdowns by Swift Play in First Half”. The Tuscaloosa News 2011年2月1日閲覧。
- ↑ Tubb, Donald (1929年10月6日). “12,000 See Alabama Win, 22–7”. The Tuscaloosa News 2011年2月1日閲覧。
- ↑ 3.0 3.1 “Denny Stadium”. The Tuscaloosa News: p. 4. (1937年10月8日) 2012年4月12日閲覧。
- ↑ 4.0 4.1 “Facilities: Bryant–Denny Stadium”. University of Alabama Department of Intercollegiate Athletics. 2011年2月3日閲覧。
- ↑ Land, Mike (1983年7月15日). “Brushing Up”. The Tuscaloosa News: p. 11 2012年2月12日閲覧。
- ↑ Carroll, Andrew (1987年1月25日). “Renovation at Bryant–Denny Welcome News”. The Tuscaloosa News: p. 2F 2012年2月21日閲覧。
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