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靖国神社

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靖国神社(やすくにじんじゃ、旧字体: 靖國神社)は、東京都千代田区九段北にある神社。招魂社に起源を発し、明治維新以後の国家のために殉難した人の霊(英霊)246万6千余柱を祀る。

1869年(明治2年)に勅命により東京招魂社として創建され、1879年(明治12年)に現社名に改称された。旧別格官幣社。1887年(明治20年)から陸海軍が管轄。第二次世界大戦後、国家の管理を離れて宗教法人となった。

概要[編集]

  • 九段坂の坂上に東面して鎮座し、日本の軍人、軍属等を主な祭神として祀る。勅祭社で旧別格官幣社。主に「対外戦争の戦没者」と「明治維新前後の国事殉難者」が祀られている。
  • 境内は、桜の名所として知られる他、大鳥居が東に向いている、数少ない神社の一つでもある。
  • 単立宗教法人(単立神社)であるために、神社本庁との包括関係には属していない。
  • 招魂社であるので、氏子地域は存在しない(当社所在地周辺は築土神社や日枝神社の氏子地域にあたる)。
  • 創建当初は軍務官(直後に兵部省に改組)が、後に内務省が人事を所管し、大日本帝国陸軍(陸軍省)と同海軍(海軍省)が祭事を統括した(陸海両軍を以下「旧陸海軍」等と略記する)。
  • 1946年(昭和21年)に、日本国政府の管理を離れて東京都知事の認証により、宗教法人法の単立宗教法人となった。
  • 国家神道の代表的施設である。

祭神[編集]

幕末から明治維新にかけて功のあった志士に始まり、嘉永6年(1853年)のペリー来航(いわゆる「黒船来航」)以降の日本の国内外の事変・戦争等、天皇を頂点とした国家体制のために殉じた軍人、軍属等の戦没者を「英霊」として祀り、その柱数(柱(はしら)は神を数える単位)は2004年(平成16年)10月17日現在で計246万6532柱にも及ぶ(詳細は「祭神の内訳」を参照)。当初は祭神は「忠霊」・「忠魂」と称されていたが、1904年(明治37年)から翌年にかけての日露戦争を機に新たに「英霊」と称されるようになった。この語は直接的には幕末の藤田東湖の漢詩「文天祥の正気の歌に和す」の「英霊いまだかつて泯(ほろ)びず、とこしえに天地の間にあり」の句が志士に愛唱されていたことに由来する。

本殿での祭神の神座は当初は1座であったが、1959年(昭和34年)に創建90年を記念して台湾神宮および台南神社に祀られていた北白川宮能久親王と、蒙疆神社(張家口)に祀られていた北白川宮永久王とを遷座合祀して1座を新たに設けた。従って現在の神座は、英霊を祀る1座と能久親王、永久王を祀る1座の2座である。

日本の旧植民地出身の軍人・軍属も祭祀対象となっている。これに対し、日本に植民地として支配された台湾や韓国の遺族の一部が自らの先祖を対象から外すよう求める動きがある(靖国神社問題#旧日本植民地出身の軍人軍属の合祀)。

祭神の内訳

祭神の主な内訳は、以下の通り(2004年(平成16年)10月17日現在)。戦争・事変名は靖国神社自身の表記に拠る年代順ソート。



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