虫垂炎
虫垂炎(ちゅうすいえん、英: appendicitis、略してアッペ)は、虫垂に炎症が起きている状態である。急性症 と慢性症 に分類される。
- 虫垂炎は旧来盲腸炎(もうちょうえん)あるいは盲腸と呼ばれていた時期があり、これは昔、診断の遅れから、開腹手術をした時には既に虫垂が化膿や壊死を起こして盲腸に貼り付き、あたかも盲腸の疾患のように見えることがあったためである。
原因[編集]
何らかの原因で虫垂内部で細菌が増殖し炎症を起こした状態である。炎症が進行すると虫垂は壊死を起こして穿孔し、膿汁や腸液が腹腔内へ流れ出して腹膜炎を起こし、敗血症により死に至ることもある。
急性症(急性虫垂炎)[編集]
原因は様々であり、明らかにならない事も多いが、ウイルス感染や糞石などの異物によってリンパ小節が腫大、バリウム や異物による内腔の閉塞によって生じる血流停滞が細菌の増殖を招き粘膜を傷つけ炎症に繋がる。例えば、蟯虫迷入、植物の種子、魚骨刺入、肺癌虫垂転移、誤飲した乳歯、義歯 などの報告がある。
疫学[編集]
若年者から高齢者まで幅広く発症する。男女差はみられない。が、男女とも10代から20代の発症が他の年齢層より若干多い。理由は未解明であるが、急性虫垂炎の発症数には「夏に多く冬は少ない」とする季節変動があると報告されている。
途上国よりも先進国での発症者が多いとする報告がされているが、調査対象の医療機関のサンプル数が少ないため有意な調査とは言えないとの指摘がある。
症状[編集]
右下腹部痛がよく知られているが、典型的にはまず心窩部(みぞおち付近)に痛みが出て、時間の経過とともに右下腹部へと移動していくことが多い。その他の主な症状としては、食欲不振、嘔気、発熱などがある。希な合併症として腸腰筋膿瘍。
診断学の世界では、虫垂炎の病態生理は次のように理解されている。まず虫垂に異物などが貯留し、細菌が繁殖することで管腔内圧が上昇し、心窩部の鈍痛という形で関連痛が発生する。さらに腸管粘膜に炎症が起こると、右下腹部の鈍痛という形で内臓痛が発生する。さらに進行すると炎症が管腔の内側から外側、すなわち臓側腹膜に波及する。腸管の動きなどで臓側腹膜が壁側腹膜と接触し、炎症が壁側腹膜に波及すると右下腹部の鋭い痛みとして体性痛が発生する。この頃には、反跳痛(ブルンベルグ徴候)といった腹膜刺激症状が出現する。これは概念上の話であり、炎症が激しくなり組織障害が強くなれば、関連痛、内臓痛、体性痛という順に進行していく。
治療[編集]
炎症が軽度であれば絶食・輸液管理を行い、セフェム系抗菌薬投与を行うことで回復することも多い。このような治療は俗に「盲腸を散らす」と呼ばれる。
- アモキシシリン/クラブラン酸(AMPC/CVA)による非手術的治療を受けた急性単純性虫垂炎患者159人を対象とした最近の研究によると、2年全再発率は13.8%であった。
- スウェーデンで行われた別の研究では、成人の虫垂炎に対し、一次治療に抗菌薬を用いた後に虫垂切除術を必要とした虫垂炎累積再発率は、1年、2年、3年、5年後にでそれぞれ9%、12%、12%、13%であった。最終的に8年後の虫垂切除術の未実施率は86%であった。
- 米国の虫垂炎に対する抗菌薬と虫垂切除術とを比較する無作為化試験では、抗菌薬は虫垂切除術に対して非劣性を示した。しかし抗菌薬群では、その後90日のフォローにて約30%が最終的に虫垂切除術を受けた。
- フィンランドで行われた経口抗菌薬(モキシフロキサシン)群と注射薬 エルタペネム+レボフロキサシン群の比較では、奏効率はそれぞれ 70%, 74% であった。一年以内に虫垂切除術が必要となった割合はともに30%近くであった。
炎症が高度になる場合などは虫垂切除術を勧められるが、その判断基準はケースバイケースである。一般的に虫垂炎は外科学で扱う古典的な疾患であるくらいに手術の方が確実で2時間ほどの施術で早く、しかもほとんど副作用の無い治療法である。よって炎症の度合いと手術のリスクを天秤にかけ、それに患者本人の希望を入れて決定される。
一般的に手術的加療を考慮するポイントは次のとおりである。
- 腹部症状・炎症所見が強い場合:穿孔・膿瘍形成が疑われる場合には原則として手術。
- 糞石がある場合:糞石を取り除かないと症状改善が期待できない。
- 幼児:進行が急速で穿孔しやすく、また重症度の判断が難しいため。
- 妊婦:重症度の判断が難しく、また万が一穿孔した場合に胎児への悪影響が懸念されるため。
予後[編集]
一般に予後は良好である。しかし腹膜炎を併発すると敗血症に至り、死亡することもある。