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照ノ富士春雄

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照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお、1991年11月29日 - )は、モンゴル国ウランバートル市出身で伊勢ヶ濱部屋(入門時は間垣部屋)所属の現役大相撲力士、第73代横綱(2021年9月場所 - )。本名は杉野森 正山(すぎのもり せいざん)。帰化前はガントルガ・ガンエルデネ(モンゴル語キリル文字表記:Гантулгын Ган-Эрдэнэ)。身長192cm、体重170kg、血液型はO型。大関昇進後に怪我や病気による負け越しや休場が続いて序二段まで陥落した後、そこから大関復帰・横綱昇進を果たした史上初の力士である。2021年(令和3年)8月4日に日本国籍を取得。

来歴[編集]

17歳の頃までスポーツとは無縁の生活をしていたが、自身の大きな身体を活かしたいと考えていたこともあり、母国モンゴルに在住していた入門前には横綱・白鵬の父であるジグジドゥ・ムンフバトに素質を見出され、柔道などを習っていた。

2007年に母と来日し観光旅行をした折に、偶然相撲部屋関係者に声をかけられて連日稽古を見学したことで、大相撲の世界に魅了され、滞在中は観光もせずに相撲部屋の稽古を毎日見学していたという。学業成績も優秀だったため飛び級を認められ、17歳で技術大学に合格。両親も技術者になることを望んだが、相撲留学を決断。

2009年3月26日に再来日して鳥取城北高校に編入し、高校3年次の全国高等学校総合体育大会相撲競技で、鳥取城北高校の団体メンバーの一人として優勝に貢献した。高校時代には後輩の逸ノ城と違う怪力を持っていたことから相撲部監督の石浦外喜義に「差されたら抱えろ」と教わったという。来日時点で平仮名やカタカナを書くことができ、日本語もある程度話せたという。当初は稽古でレギュラークラスではない部員に何度も転がされたが、悔し涙を流しつつ顧問のレンツェンドルジ・ガントゥクスからまわしの取り方などを教わった。

2010年のインターハイの準々決勝で埼玉栄高校と当たった際に、石浦監督はそれまで補欠であったガントルガ青年を出場させた。「ガナ、ここで勝たないと優勝はできないぞ。お前を使うぞ」といった石浦監督に対しガントルガ青年は「何でそんな心配するんですか? 大丈夫ですよ。」 と言ってのけたという。

人物・エピソード[編集]

取組関連[編集]

  • 2013年11月場所2日目には同郷の大先輩である朝赤龍に対して時間前からつっかけるという場面が見られた(結果は寄り切りで勝利)。尚同場所では8日目の大道戦でも組み合った状態から鼻血が出て「行司待った」が懸かるハプニングも起こった(結果は上手投げで勝利)。
  • 2014年7月場所は東前頭6枚目まで番付を上げ、部屋では日馬富士・安美錦に次ぐ地位になり、日馬富士の横綱土俵入りで露払いを務める可能性があったが、従来の露払いを務めた宝富士から「親方と横綱が話したみたいで、コロコロ変わっても良くないから今のままと言われた」と伝えられ、当場所は実現しなかった。しかし安美錦が当場所13日目の取組で膝の古傷を悪化させ14日目以降の太刀持ちが務められなくなり(取組には出場)、代役として14日目から太刀持ちに起用された。翌9月場所以降は回復した安美錦が再び太刀持ちを担い、照ノ富士が日馬富士の土俵入りで従者を担うことは無かったが、9月場所は白鵬の、11月場所は鶴竜の太刀持ちをそれぞれ1日だけ務めた。
  • 2014年9月場所初日の大関琴奨菊戦の立ち合い変化について、取組直後の取材で「今までやってなかったから、一度やってみたかった」と語っていた一方で「相手が食っても食わなくても親方には怒られる」とも心配していた。
  • 2014年7月場所10日目に大砂嵐と対戦して白星を得た直後、突っ張りを食らったことに腹を立ててNHKのインタビュアーに放送禁止用語も漏らしたという。
  • 敢闘賞を受賞した2015年1月場所は三賞制度発足以来初となる全三賞該当者無しの可能性もあった。三賞選考委員会で、殊勲賞は宝富士、敢闘賞は宝富士・照ノ富士・玉鷲が候補に挙がった(宝富士は千秋楽白星の条件付き)が、19人の選考委員の挙手により受賞に値するとされたのは、宝富士の敢闘賞だけであった。千秋楽で宝富士が佐田の海に敗れれば、1947年の三賞制度制定以来、初の全三賞該当者なしとなるところであったが、9代伊勢ヶ濱が「(三賞ゼロは)厳しい審判部と言われる」と意見をした結果、別の委員から「照ノ富士と玉鷲の勝者も候補に」と提言があり、再投票で認められて該当者なしの非常事態は回避した。
  • モンゴルから共に来日した逸ノ城との対戦は、2015年1月場所・翌3月場所の2場所連続で水入りとなった。これは、日本相撲協会に記録の残る1980年以降では初めての出来事とされる。それ以前では1955年1月場所、3月場所にかけて若ノ花と出羽錦が2場所連続の引分を記録した。
  • 2017年3月場所7日目は豪風に吊り出して勝利したが土俵際で太ももを上げ、やぐら投げの体勢に入りながら途中でやめ「ちょっとかわいそうだと思ったから」と投げずにそのまま土俵外へ出したという。
  • 締め込みの色は、関取転落前は黒色だったが、関取復帰後は紫色。
  • 幕内復帰後も四股を踏めないほど膝の状態が悪化していた時期があったが、2020年11月場所よりドイツ・バウアーファインド社のサポーター「ゲニュTrain」の特注品を使用しており、その場所で優勝同点の成績をあげて大関復帰の足がかりとした。
  • 横綱昇進後は玉鷲に分が悪く、2022年は7月場所と11月場所を除いた4場所で金星を配給した。中でも1月場所から5月場所までは3場所連続で配給した。同じ平幕力士に3場所連続で金星を配給したケースは昭和以降5例目。

その他相撲関連[編集]

  • 入門当初の四股名「若三勝」から改名した際「入門時の師匠である間垣親方との思い出を消すような改名は如何なものか」と一部で9代伊勢ヶ濱に対する批判があった。だが18代間垣は劣悪な環境で下積みを行った照ノ富士を慮って不服を口にしなかった。
  • 同世代の遠藤相手には並々ならぬ闘志を燃やし、「遠藤にだけは絶対に負けたくない」「遠藤より先に横綱になる」と公言していた。その後、2021年7月場所後に横綱へ昇進し、宣言を達成した形となった。
  • 場所入りする際の送迎車のナンバーは、72代横綱を目指していたことから稀勢の里が横綱に昇進する前は「72」をリクエストしていたが、稀勢の里が横綱に昇進して以降は「73」へ変更した。結果的に2021年7月場所後に73代横綱になり、験が功を奏する形となった。
  • 2016年2月2日の健康診断における握力測定では右76kg・左82kgを記録。平幕だった1年前は右87kg・左89kgだったことに言及し、「落ちてるな…何もしてないから」と、同年1月場所を6日目から途中休場し、左膝の内視鏡手術・リハビリに追われ、稽古もままならない状態に苦笑していた。
  • 『大相撲ジャーナル』2017年7月号の79ページにおいて「塩撒きの際には右手を内側から時計回りに回すのがベスト」と所作について力説していた。
  • 序二段からの再起を目指していた2019年5月場所後に、間垣部屋時代から苦楽を共にし、関取在位中は付け人も務めていた兄弟子の元幕下・駿馬が引退、部屋で行われた駿馬の断髪式で照ノ富士は「お疲れさまでした」と労いの言葉をかけながら鋏を入れ、頬にキスをしたという。
  • 2019年12月26日に時津風部屋へ出稽古に行った際には、「もう(稽古場、本場所両方で幕下以下が締める)黒まわしは2度と締めたくないから捨てた」と再度幕下に陥落しない決意を語った。その後、2021年7月場所後に横綱へ昇進し、その決意は実った。
  • 関取に復帰した2020年1月場所5日目以降、非常に珍しい濃紺一色の化粧回し(1回目の大関昇進の際に贈呈されたとされる)土俵入りに臨んでいた。
  • 2020年7月場所の再入幕優勝の際に取材に応じた駿馬は照ノ富士の復活を信じていたという一方で、一時期の低迷の原因について、2017年3月場所14日目・琴奨菊戦の立ち合い変化を非難されて以降、意気消沈に陥り、体や気持ちにも影響した可能性を述懐していた。
  • 横綱昇進直後は東京オリンピックの報道が過熱していたがゆえに、綱打ち・土俵入り練習に関する報道は、「うっかりすると見落とすほど小さな扱い」をされた。

趣味・嗜好[編集]

  • 子供の頃から歌や踊りが好きな目立ちたがり屋であり、演劇発表会で主役を務めるなど元来より社交的であったという。
  • 照ノ富士の母の談話によると「旭天鵬関のように、だれにも優しくて、親切で、温厚な、ああいうお相撲さんになってもらいたい」と期待されていた。
  • 食べ物の好物は牛タン。嫌いなものはカレーライスと生魚。1回目の大関昇進に際したテレビの特集ではカレーライスは見た目が嫌いと答えていた。お化けが怖いとして1人部屋を拒否したこともあるという。
  • かつては相撲界屈指の酒豪であったが、糖尿病及び腎臓結石に罹患したことを機に断酒したという。
  • 協会公式プロフィールによると、好きなアーティストはAK-69、好きなYouTuberはラファエル、好きなマンガ・アニメ・映画は戦争系。
  • 2023年7月場所前、『サンクチュアリ -聖域-』の感想として「そんな甘くない」とした上で「深く考えれば考えるほど思うところはあるけど、ただ単に相撲で発信してくれることはありがたい。これはちょっと違うなと思うところはあるけど、日本の方々が忘れている日本の素晴らしさを世界に発信できたんじゃないか」と歓迎するコメントを残した。

家族・交友関係[編集]

  • 日刊ゲンダイの記事によると、2011年に父は勤めていた採掘会社の倒産を経験し、その後自身で採掘会社を起業したものの失敗し、そのため照ノ富士は家計を支えるために相撲界に入ったとのこと。北の富士の著書によると、照ノ富士は「何が一番好きですか?」と聞かれると「お金」と答えたという。
  • 逸ノ城はモンゴルの同じ道場で柔道を習い、後に同じ飛行機で来日して寮も同部屋という仲だった。
  • 入幕前には、当時ライバル視していた大砂嵐と「2人で大関・横綱になろう」と話していたという。
  • 2014年2月9日の日本大相撲トーナメントの十両部門で優勝した際は「最初から優勝すると思っていた」と得意気に話し、1回負けたら終わりのトーナメント戦にも「1日で全部終わる。15日間集中しなければいけない本場所より楽に感じた」と話した。
  • 照ノ富士を指導した鳥取城北高相撲部顧問のレンツェンドルジ・ガントゥクスは2017年5月1日に、東京都内のモンゴル大使館で権威ある勲章の北極星勲章をフレルバータル大使から授与された。勲章の授与式には照ノ富士も教え子として逸ノ城らと共に出席した。
  • 天風とは自身が鳥取城北高校に留学する前からの仲であり、15歳の時に尾車部屋に体験入門した際に一緒に寝泊まりしてゲームをした思い出があり、2019年3月場所で昭和以降初となる元幕内同士の序二段での対戦として話題になった際も言及された。
  • 2018年2月15日に大関昇進前から交際していたモンゴル人女性(元旭天鵬の従妹)と結婚。公になったのは2021年1月だった。2021年2月11日に富岡八幡宮で結婚式を行った。旭天鵬からは「彼女は小さい頃にお父さんを亡くしているし、俺のいとこでもあるんだから大事にしてね」と頼まれたという。
  • 2022年11月に第1子(長男)が誕生。モンゴル帝国の初代皇帝チンギスハンの本名に因み、照務甚(てむじん)と命名した。
  • 結婚披露宴は2023年6月11日に都内のホテルで行われ、角界からは浅香山・一門の関取衆・一門外の大関の貴景勝が出席し、角界外部からはAK-69・大野将平・萩生田光一・藤田晋・吉田秀彦・五木ひろし・小林旭・槙原寛己が出席、合計800人が披露宴に駆け付けた。
  • 初土俵同期の明生とは仲が良く、2021年11月場所12日目に幕内上位で顔が合った際に「入ってきてずっと一緒に稽古して、部屋の合宿にも来て、仲良くやってますから。だから勝っていきたいと思っていました」と語っていた。ちなみに明生には初顔から4連勝をしていたが2021年9月場所で初めて幕内で敗れた。2023年5月場所は明生に初めて金星を配給した。
  • 大野将平がイギリスに指導者として留学する際、大野にエールを送った。記者にこの話題を振られると「お相撲さんもそうだけど、いずれそういう日が来ると思う」と自らを重ね合わせた。3連覇が懸かっていた2024年パリオリンピックを目指さないという決断をした盟友に「選んだ道だから、一生懸命、頑張っていくんじゃないかなと思います」と期待を寄せた。
  • AK-69とは親交があり、2023年5月場所から楽曲「Ride Wit Us」がABEMAの番組「大相撲LIVE」の公式テーマソングとして採用されたが、同楽曲には照ノ富士が愛称である“ガナ”として歌詞に登場した他、ミュージックビデオにも出演した。「7回転びゃ8回起きるぞ ガナならマイメン♪」という歌詞を以て、大関から序二段まで落ちながら復活し、横綱に上り詰めた照ノ富士の生き様が表現されている。ミュージックビデオには露払いの錦富士と太刀持ちの翠富士を従えて、堂々と横綱土俵入りを披露する姿も収録された。作曲に当たってAK-69は実際に伊勢ヶ濱部屋を訪れ、稽古の様子を見学したという。

報道対応[編集]

  • 1回目の大関昇進直後、2015年6月に行われた弥彦村の村おこしイベントで「どんな大関になりたいか?」という質問に対し「どんな大関ではなく、上を目指していますから」と答え、大関昇進伝達式の時と同様に更なる昇進への意欲を示していた。
  • 1回目の関取昇進から幕下陥落までの間は報道陣に敬語を使わないなど、相手を見下ろしたような振舞いを貫き、性格も傲岸不遜で強気一辺倒であった が、幕下陥落を機に改めた。

その他[編集]

  • 照ノ富士のモンゴル時代から横綱になるまでをつづった書籍「奈落の底から見上げた明日」が、日本写真企画から2021年11月26日に全国一斉発売された。

略歴[編集]

  • 2011年5月技量審査場所 - 初土俵
  • 2011年7月場所 - 序ノ口
  • 2011年9月場所 - 序二段
  • 2011年11月場所 - 三段目
  • 2012年1月場所 - 幕下
  • 2013年9月場所 - 十両
  • 2014年3月場所 - 幕内
  • 2015年3月場所 - 新関脇(新三役)
  • 2015年7月場所 - 新大関
  • 2017年11月場所 - 関脇陥落
  • 2018年3月場所 - 十両陥落
  • 2018年7月場所 - 幕下陥落
  • 2018年11月場所 - 三段目陥落
  • 2019年3月場所 - 序二段陥落
  • 2019年5月場所 - 三段目再昇進
  • 2019年7月場所 - 幕下再昇進
  • 2020年1月場所 - 十両再昇進(関取復帰)
  • 2020年7月場所 - 幕内再昇進(幕内復帰)
  • 2020年11月場所 - 返り三役(新小結)
  • 2021年1月場所 - 関脇再昇進
  • 2021年5月場所 - 大関再昇進(大関復帰)
  • 2021年9月場所 - 新横綱

主な成績[編集]

連勝記録[編集]

2023年11月場所終了現在

十両、幕下の連勝記録[編集][編集]

最多連勝記録は、20連勝。幕下(全勝優勝)と十両(13勝2敗・優勝)。

自身の順位 連勝数 期間 止めた力士 止めた力士の番付 備考
1 20 2019年11月場所初日 - 2020年1月場所13日目 錦木 東十両4枚目 十両を含む連勝記録としては歴代5位

幕内の連勝記録[編集]

最多連勝記録は、23連勝。

自身の順位 連勝数 期間 止めた力士 止めた力士の番付 備考
1 23 2021年9月場所13日目 - 2022年1月場所5日目 玉鷲 東前頭3枚目 白鵬と並んで歴代39位タイ。
2 15 2021年3月場所11日目 - 2021年5月場所10日目 妙義龍 西前頭4枚目
3 14 2021年7月場所初日 - 2021年7月場所14日目 白鵬 東横綱
4 11 2015年9月場所初日 - 2015年9月場所11日目 栃煌山 東関脇
2017年5月場所3日目 - 2017年5月場所13日目 白鵬 西横綱2
6 10 2015年5月場所12日目 - 2015年7月場所6日目 豪栄道 西大関

スピード記録[編集]

2023年9月場所終了現在

  • 初土俵から大関昇進までの所要場所数:25場所(歴代4位・年6場所制以降の初土俵力士の中では歴代3位)
  • 初土俵から初優勝までの所要場所数:25場所(歴代3位)
  • 初土俵から関脇昇進までの所要場所数:23場所(歴代9位)
  • 新三役から2場所通過で大関昇進:15日制以降では史上唯一(関脇2場所)
  • 横綱昇進までの大関連続所要場所:2場所(歴代1位タイ・年6場所制以降では歴代1位)
  • 年間最多勝決定スピード記録:9月場所13日目(2021年。朝青龍・白鵬と並んで歴代1位タイ。)

通算成績[編集]

2023年11月場所終了現在

  • 通算成績:494勝260敗180休(75場所)
  • 通算勝率:.657
    • 幕内成績:337勝192敗146休(45場所)
    • 幕内勝率:.640
      • 横綱成績:85勝25敗100休(14場所)
      • 横綱勝率:.773
        • 新横綱成績:13勝2敗(歴代3位タイ・年6場所制以降では歴代2位タイ)
        • 新横綱勝率:.867(歴代3位タイ・年6場所制以降では歴代2位タイ)
        • 番付上1人横綱成績:72勝23敗85休(13場所)番付上1人横綱勝星は歴代6位
        • 番付上1人横綱勝率:.750(歴代6位)
        • 東横綱成績:72勝23敗85休(11場所)
        • 東横綱勝率:.750(歴代2位)
      • 大関成績:122勝91敗27休(16場所)
      • 大関勝率:.573 (戦後の横綱で大関時代の勝率が最低)
        • 新大関成績:11勝4敗(歴代15位タイ)
        • 新大関勝率:.733
      • 三役成績:61勝19敗10休(関脇5場所、小結1場所)
      • 三役勝率:.763
        • 新三役成績:13勝2敗(歴代1位タイ)
        • 新三役勝率:.867(歴代1位タイ)
        • 関脇成績:48勝17敗10休(5場所)
        • 関脇勝率:.738
          • 新関脇成績:13勝2敗(歴代1位タイ)
          • 新関脇勝率:.867(歴代1位タイ)
        • 小結成績:13勝2敗(1場所)
        • 小結勝率:.867
          • 新小結成績:13勝2敗(歴代1位タイ・年6場所制以降は歴代1位。返り三役での新小結成績としても歴代1位)
          • 新小結勝率:.867 (歴代1位タイ・年6場所制以降は歴代1位。返り三役での新小結成績としても歴代1位)
      • 前頭成績:69勝57敗9休(9場所)
      • 前頭勝率:.548
    • 十両成績:61勝38敗6休(7場所)
    • 十両勝率:.616
      • 新十両成績:12勝3敗(歴代5位タイ)
    • 幕下成績:65勝26敗14休(15場所)
    • 幕下勝率:.714
    • 三段目成績:13勝1敗14休(4場所)
    • 三段目勝率:.929
    • 序二段成績:13勝1敗(2場所)
    • 序二段勝率:.929
    • 序ノ口成績:5勝2敗(1場所)
    • 序ノ口勝率:.714
  • 年間最多勝:1回
    • 2021年(77勝13敗)
  • 年間最優秀力士賞受賞回数:1回(2021年)
  • 新横綱の初日からの連勝記録:8連勝(歴代6位)
  • 新三役の初日からの連勝記録:7連勝(年6場所制以降では歴代1位)
  • 新三役からの連続2桁勝利記録:4場所(2015年3月場所 - 2015年9月場所。歴代4位・年6場所制以降では歴代3位。)
  • 幕内連続2桁勝利記録:8場所(2020年11月場所 - 2022年1月場所)
  • 幕内優勝次点以上連続場所:7場所(2020年11月場所 - 2021年11月場所)
  • 幕内中日勝ち越し記録:5場所
  • 幕内連続中日勝ち越し記録:4場所(2021年5月場所 -2021年11月場所。歴代4位タイ。)
  • 新横綱優勝:史上9人目(年6場所制以降では史上5人目)
  • 新横綱からの連続優勝:2場所(歴代2位タイ。15日制・年6場所制以降では大鵬と並んで歴代1位タイ。)※新横綱からの連続優勝は史上5人目(15日制・年6場所制以降では史上2人目)
  • 再入幕優勝:史上2人目
  • 元大関としての平幕優勝:史上2人目
  • 幕尻優勝:史上3人目
  • 幕内優勝した力士が十両以下に陥落後再び幕内優勝:史上唯一
  • 特例なしでの大関復帰:史上2人目
  • 序二段まで陥落してからの大関復帰:史上唯一
  • 関脇以下の地位での優勝回数:3回(歴代1位)
  • 関脇の地位で優勝した翌場所も連続優勝:昭和以降では史上2人目(15日制・年6場所制以降では史上唯一)
  • 大関復帰場所での優勝:昭和以降では史上唯一
  • 関脇から大関にかけての2場所連続優勝:昭和以降では史上2人目(15日制・年6場所制以降では史上唯一)
  • 大関昇進かつ復帰の直前場所優勝:史上唯一
  • 大関復帰後に横綱昇進:史上2人目
  • 大関から平幕以下の地位に陥落してからの横綱昇進:史上唯一
  • 金星配給皆勤連続場所:6場所(2022年1月場所 - 継続中・歴代7位)
  • 横綱連続休場記録:4場所連続(歴代9位タイ)

各段在位場所数[編集]

2023年11月場所終了現在

  • 通算在位:75場所
    • 幕内在位:45場所
      • 横綱在位:14場所
        • 番付上1人横綱在位:13場所(2021年11月場所 - 継続中、歴代6位タイ)※尚、史上10人目の番付上1人横綱と呼ばれる。(2021年11月場所前に白鵬が引退して以降から現在に至るまで)。
        • 横綱大関在位:3場所(歴代1位タイ)
      • 大関在位:16場所
      • 三役在位:6場所(関脇5場所・小結1場所)
      • 平幕在位:9場所
    • 十両在位:7場所
    • 幕下在位:15場所
    • 三段目在位:4場所
    • 序二段在位:2場所
    • 序ノ口在位:1場所
    • 前相撲:1場所

各段優勝[編集]

2023年11月場所終了現在

  • 幕内最高優勝:8回
    • 2015年(1回)5月場所
    • 2020年(1回)7月場所
    • 2021年(4回)3月場所・5月場所・9月場所・11月場所
    • 2022年(1回)5月場所
    • 2023年(1回)5月場所
  • 全勝優勝:1回
  • 幕内最高優勝同点:3回(歴代5位タイ)
  • 年間最多優勝:3回
    • 2020年(1回・白鵬・貴景勝・正代・徳勝龍と並んで受賞)
    • 2021年(4回)
    • 2022年(1回・御嶽海・若隆景・逸ノ城・玉鷲・阿炎と並んで受賞)
  • 年間最多優勝連続年数:3年(2020年 - 2022年)
  • 十両優勝:2回(2013年9月場所・2020年1月場所)
  • 幕下優勝:1回(2019年11月場所)

三賞・金星[編集]

  • 三賞:9回
    • 殊勲賞:3回(2015年3月場所・2020年7月場所・2021年3月場所)
    • 敢闘賞:3回(2015年1月場所・3月場所・5月場所)
    • 技能賞:3回(2020年7月場所・11月場所・2021年1月場所)
  • 金星:なし

合い口[編集]

いずれも2023年11月場所終了現在。
現役力士(横綱・大関)
  • 大関・貴景勝には本割では照ノ富士の6勝4敗、優勝決定戦では照ノ富士の1勝1敗である。照ノ富士の大関在位中は本割では照ノ富士の2敗(その内、照ノ富士の大関復帰後は1敗)、優勝決定戦では照ノ富士の1勝(照ノ富士の大関復帰後)。照ノ富士の横綱昇進以降における対戦では照ノ富士の4勝1敗。
  • 大関・霧島には照ノ富士の10戦全勝である。いずれも霧島の大関昇進前の対戦成績である。
  • 大関・豊昇龍には照ノ富士の7戦全勝である。いずれも豊昇龍の大関昇進前の対戦成績である。
  • 元大関・髙安には大怪我するまでは圧倒していたが、それ以降は苦戦しており、照ノ富士の12勝13敗と互角となっている。2016年7月場所から2017年3月場所まで5連敗を喫しており、さらに2020年7月場所から2021年3月場所まで4連敗していたが、2021年5月場所で久しぶりに勝利した。2022年9月場所は金星を許した。大関同士の対戦は実現しなかった。
  • 元大関・朝乃山には照ノ富士の6戦全勝である。いずれも照ノ富士が大関から陥落して以降かつ朝乃山の大関昇進後の対戦成績である。照ノ富士の大関復帰・横綱昇進以降における対戦では1勝。
  • 元大関・正代には照ノ富士の11勝8敗(不戦敗3含む)である。正代の大関昇進後は照ノ富士の5勝1敗である。照ノ富士の大関在位中は照ノ富士の1勝、照ノ富士の横綱昇進後は照ノ富士の3勝1敗。
  • 元大関・御嶽海には照ノ富士の13勝5敗(不戦敗1含む)である。2020年11月場所から2021年11月場所まで7連勝している。照ノ富士の横綱昇進後は照ノ富士の3勝1敗。御嶽海の大関昇進後は1勝。
引退力士(横綱・大関)
  • 元横綱・白鵬には照ノ富士の4勝10敗である。照ノ富士の大関昇進後の2015年7月場所以降から照ノ富士の大関陥落前までは3勝5敗と拮抗しており、白鵬が横綱昇進した2007年以降に大関昇進した力士の中では、大関の地位においての白鵬戦の勝率が最も高い。横綱同士の対戦は実現しなかった。
  • 元横綱・鶴竜には照ノ富士の4勝7敗(他に優勝決定戦で1敗)である。横綱同士の対戦は実現しなかった。
  • 元横綱・稀勢の里には照ノ富士が大怪我する前までは照ノ富士の3勝4敗と拮抗していたが、大怪我してからは照ノ富士の8戦全敗で、通算で照ノ富士の3勝12敗(他に優勝決定戦で1敗)である。横綱同士の対戦は実現しなかった。
  • 元大関・琴奨菊には照ノ富士の9勝8敗と拮抗していた。
  • 元大関・豪栄道には大怪我する前までは圧倒していたが、大怪我して以降は勝てなくなり照ノ富士の5勝10敗となっている。
  • 元大関・栃ノ心には照ノ富士の11勝2敗である。大関同士の対戦は実現しなかった。
  • 最高位が関脇以下の力士との幕内での対戦成績は以下の通りである。
力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数
関脇
碧山 12 1 阿炎 4 2 3 8 逸ノ城 14 3
隠岐の海 15 3 魁聖 8 3 琴ノ若 5 0 琴勇輝 3 3
大栄翔 8 6(1) 隆の勝 7 3 豪風 3 5 玉鷲 11 9
栃煌山 9 5(1) 豊ノ島 4 4 妙義龍 13 4 明生 6 3
嘉風 6 6 若隆景 10 1(1) 若元春 2 0
小結
宇良 5 1 遠藤 10 5 阿武咲 4 5(1) 臥牙丸 1 1
常幸龍 1 2 松鳳山 4 4 千代鳳 2 0 千代大龍 2 1
時天空 1 0 翔猿 5 2 錦木 3 1 北勝富士 9 3
竜電 2 0
前頭
東龍 1 0 荒鷲 3 1 石浦 0 1 大砂嵐 5 0
鏡桜 0 1 1 0 北太樹 2 2 旭秀鵬 0 2
金峰山 1 0 琴恵光 2 0 琴勝峰 3 0 佐田の海 5 1
佐田の富士 2 0 里山 1 0 志摩ノ海 1 1 蒼国来 3 1
大奄美 0 1 大翔丸 0 1(1) 貴ノ岩 3 1 千代翔馬 2 0
千代の国 1 0 千代丸 2 1 德勝龍 1 3 栃乃若 3 0
豊響 0 3
  • 他に優勝決定戦で貴景勝に1勝1敗、鶴竜・稀勢の里にそれぞれ1敗がある。

(カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数、太文字は2023年11月場所終了現在、現役力士)

改名歴[編集]

  • 若三勝 由章(わかみしょう よしあき) 2011年5月技量審査場所
  • 若三勝 章明(わかみしょう よしあき) 2011年7月場所 - 2011年11月場所
  • 若三勝 由章(わかみしょう よしあき) 2012年1月場所 - 2013年7月場所
  • 照ノ富士 由章(てるのふじ よしあき) 2013年9月場所
  • 照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお) 2013年11月場所 -

主なメディア出演[編集]

テレビ出演[編集]

  • アスリートの魂「理想の"型"を求めて 新大関 照ノ富士」(NHK BS1、2015年8月1日)
  • 逆転人生「傷だらけの天才力士~照ノ富士 奇跡の復活劇~」(NHK総合、2021年1月4日)
  • 1億3000万人のSHOWチャンネル「名店のあの味を完全再現!名店レシピ」(日本テレビ、2021年12月18日)
  • 現役力士VS肉体派芸能人 怪力バトルフィールド(TBS、2022年8月7日) - 力士チームリーダー

CM出演[編集]

  • 永谷園「麻婆春雨」「広東風かに玉」「ガツンと!スタミナ定食」「チャーハンの素」(2016年2月1日 - )


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