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泉佐野市

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泉佐野市(いずみさのし)は、大阪府の泉南地域に位置する市。

概要[編集]

地理[編集]

大阪市と和歌山市のほぼ中間に位置し、南部には、金剛生駒紀泉国定公園に指定された和泉山脈がある。瀬戸内海式気候に属するため、気候は温暖で、年間の降水量は比較的少ない。それにより畑などの水が不足しないよう池が多い傾向にある。沖合には人工島の関西国際空港があり、連絡橋等の空港北端の施設を含む区域が泉佐野市域となっている(残る区域は田尻町・泉南市)。

古くから日根郡の中心として、商業・工業・農業・漁業が盛んである。また、関西国際空港の対岸であるため、訪日外国人旅行者の宿泊需要が多い。

地名の由来[編集]

中世以来の村の名称『佐野』に旧和泉国の国名を冠したもので、「狭い原野」という事から「狭野」というようになり、それが転じて「佐野」になったという言い伝えが残っている。

隣接している自治体[編集]

  • 貝塚市
  • 泉南市
  • 泉南郡:熊取町、田尻町
  • 和歌山県:紀の川市

歴史[編集]

市域は日根郡四郷のひとつである賀美郷に比定され、郷名由来の上之郷の集落も現存している。中世になると佐野荘、鶴原荘、長滝荘といった荘園が成立し、1234年(天福2年/文暦元年)には九条家によって広大な日根荘が成立した。1501年(文亀元年)から1504年(永正元年)にかけて九条政基が日根荘へ下向した際に記した『政基公旅引付』(宮内庁書陵部蔵)には、4年間にわたる日根荘の出来事などが詳細に記されており、中世の「村のくらし」を知る貴重な史料となっている。

佐野村では室町時代から熊野街道筋の字市場村に定期市が立つようになった。一方、沿岸部には対馬や五島列島方面まで漁に出るほどの大規模な船団が出現し、玉之浦納の反乱や文禄・慶長の役にも佐野村の漁民が登場する。江戸時代には豪農の中から廻船業を営む者が現れるようになり、なかでも食野家(めしのけ)、唐金家(からかねけ)は井原西鶴の「日本永代蔵」にも登場するほどで、当時の面影を残す「いろは四十八蔵」の一部が今も残る。また食野家が寄進した八角大梵鐘が三重県泰運寺に残されている。

漁業や廻船業が発展し「佐野浦」と呼ばれる港町として活況を呈した佐野村は、集落のおよそ3分の2が浦方で、その規模も岸和田藩浦奉行支配の9ヶ浦のなかで突出していた。また、岸和田藩は領内の民政に関して「七人庄屋」という制度を設けていたが、7人のうち2人を佐野村が占め、藤田家(西の庄屋)と吉田家(東の庄屋)が任ぜられていた。

食野・唐金らの活躍で巨万の富を得た佐野村は、和泉国では堺に次ぐ商業都市となり、人口も岸和田城下6町や貝塚寺内5町を上回るようになった。なお、堺・岸和田・貝塚など計画的に形成された市街と異なり、佐野村の町場は自然発生的に形成され、迷路のような街路が古い家並みとともに現在もよく残っている。

第二次世界大戦期の1944年(昭和19年)6月から敗戦までの間、佐野陸軍飛行場および明野陸軍飛行学校佐野分教所が設置されていた。滑走路は1,500m×60mのコンクリート舗装1本で、現在の末広公園や市民総合体育館付近が滑走路の西端にあたる。また、飛行場の設置に伴う灌漑施設の損失を補填するため、現在も当市最大の貯水量を誇る稲倉池および稲倉池用水パイプラインの築造工事が1942年(昭和17年)12月から着工されたが、戦局の悪化と敗戦の影響で、竣工は1957年(昭和32年)にずれ込んだ。

沿革[編集]

  • 1889年(明治22年)4月1日 町村制施行により、日根郡佐野村が単独で施行。
  • 1896年(明治29年)4月1日 泉南郡が成立。
  • 1911年(明治44年)10月1日 佐野村が町制施行。泉南郡佐野町となる。
  • 1937年(昭和12年)4月1日 泉南郡北中通村を佐野町に編入。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 佐野町が大阪府下で14番目に市制施行(八尾市と同日)。いったん佐野市となるが、栃木県佐野市が5年早く市制を施行していたため、和泉国の「泉」を冠し「泉佐野市」へ即日改称した。「和泉」ではなく「泉」を冠しているのは泉大津市の先例に拠る。市制施行から半世紀余り経過した現在でも、市民や泉州地域の人々からは単に“佐野”と呼ばれることが多い。
  • 1954年(昭和29年)4月1日 泉南郡南中通村、長滝村、上之郷村、日根野村、大土村を泉佐野市に編入。現在の市域となる。
  • 1994年(平成6年)9月4日 沖合に関西国際空港が開港。
  • 1995年(平成7年)りんくうタウンがまちびらき。
  • 2002年(平成14年)8月26日 「泉州南広域行政研究会」(2001年5月に泉南市・阪南市・泉南郡岬町により設置)に泉佐野市、泉南郡田尻町が加入し、3市2町による研究会となる。
  • 2003年(平成15年)11月30日 泉州南広域行政研究会が「泉州南合併協議会」(法定協)に改組され、新市名を「南泉州市」とすること、泉佐野市役所を新市の市役所とすることで合意。
  • 2004年(平成16年) 泉佐野市を除く2市2町で同年8月22日に実施された住民投票の結果(反対多数:泉南市・阪南市・田尻町、賛成多数:岬町のみ)を受け、9月30日をもって泉州南合併協議会を解散。
  • 2009年(平成21年)財政健全化団体となる。
  • 2014年(平成26年)財政健全化団体から脱却。

祭り[編集]

  • 夏祭り
    • 毎年海の日の前日と当日(7月第3日曜日・月曜日)に行われる。旧来の佐野村を氏地とする春日神社の祭礼で、3台の太鼓台が練り歩く。
  • ザ・まつり in Izumisano
    • 毎年9月最終日曜日。よさこい鳴子踊りの団体と八町地車連合(旧 北中通村)のだんじり8台によるパレードなどが行われる。
  • だんじり祭・やぐら祭
    • 毎年体育の日の前々日と前日(10月第2土曜日・日曜日)に行われる。市内には曳きだんじりが16台あり(樫井西は休止中。エブノ泉の森ホールに展示中。)、北中通村連合(北中連合)8台、長滝地区3台+南中地区(安松)1台、上之郷地区3台の3地区で行われる。16台全て岸和田型のだんじりである。これとは別に、山間部の大木地区には担いだんじりが3台ある。また、南中地区(旧 南中通村)にはやぐらが2台あり、田尻町と共にだんじり・やぐら両文化圏の境界となっている。
  • りんくう花火
  • りんくうリレーマラソン

著名な出身者[編集]

  • 日根野弘就(戦国武将。美濃本田城主。)
  • 日根対山(幕末の文人画家)
  • 泉洋辰夫(大相撲力士、最高位は前頭6枚目)
  • 諸熊奎治(理論化学者。泉佐野市初の名誉市民)
  • 麻生祐未(女優)- 泉佐野市観光大使。
  • 鹿島和夫(かしま かずお:作家。「ダックス先生」という愛称で知られる。泉佐野市特別顧問(2012年11月 - 2014年3月))
  • 中川あつお(シンガーソングライター)
  • 長安豊(元衆議院議員)
  • はまのゆか(絵本作家・イラストレーター)
  • 松浪健四郎(政治家・元衆議院議員、元専修大学教授。泉佐野市特別顧問(2012年7月 - 2014年3月)
  • 三木均(元プロ野球・読売ジャイアンツ投手)
  • 室谷信雄(元喜劇役者・タレント)
  • 山本浩之(アナウンサー)
  • むかいさとこ (アナウンサー、女優)
  • 王子谷剛志(2014年アジア大会柔道100kg超級 優勝)- 泉佐野市市民栄誉賞を受賞(2016年9月3日)。
  • 上平梅径(書道家)
  • 渡邊雄一郎(競艇選手)
  • 南野拓実(プロサッカー選手・リヴァプールFC)
  • 食野亮太郎(プロサッカー選手・マンチェスター・シティFC)
  • 北谷史孝(プロサッカー選手・FC岐阜)
  • 誉田龍一(小説家)
  • 古谷あつみ(元JR西日本駅務員・鉄道タレント) - 泉佐野市PR大使(2018年4月26日 - 2020年3月31日)。
  • 西園みすず(元さんみゅ〜メンバー・元歌手・元女優) - 泉佐野市PR大使(2015年3月15日 -2020年 )。
  • 佐藤哲三(元中央競馬騎手・競馬評論家)
  • 角孝人(俳優・タレント)
  • BASI (ラッパー)
  • 大西綺華 (声優)


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