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毎日放送

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株式会社毎日放送(まいにちほうそう、英: MAINICHI BROADCASTING SYSTEM, INC.、略称 : MBS)は、MBSメディアホールディングスの連結子会社で、近畿広域圏を放送対象地域(エリア)とするテレビジョン放送事業を行っている特定地上基幹放送事業者。

通称はMBS(エムビーエス)。TBS系列(JNN)の準キー局で、コールサインはJOOY-DTV(大阪 16ch)、リモコンキーIDは「4」。

2017年4月1日、初代法人の株式会社毎日放送が認定放送持株会社に移行したことにより、商号を「株式会社MBSメディアホールディングス」に変更、放送事業などの現業全般は会社分割により設立された2代目法人の「株式会社毎日放送」(旧:毎日放送分割準備株式会社)が継承した。商号と営業上、初代法人と2代目法人は連続しているため、以下では特記以外は連続して記述する。

概要[編集]

TBSテレビをキー局とするジャパン・ニュース・ネットワーク(JNN)の基幹局。JNNでは「五社連盟」に加盟しており、TBSホールディングスの大株主でもある。Gガイドの番組データの配信を行っており、かつては民放テレビ局がNNN/NNS系列局のみである徳島県にもアナログGガイドの番組データの配信対応をしていた。

また、MBSがテレビ放送を開始してから腸捻転を解消するまでの16年1か月の間は、NETテレビ(現在のテレビ朝日)をキー局とし、オールニッポン・ニュースネットワーク(ANN)にも属していた。これと同時期に、東京12チャンネル(現在のテレビ東京)ともネットを結んでいた(詳細は後述)。

2011年7月24日の地上デジタル放送完全移行を機に、同日付の新聞・テレビ情報誌などの表記が、(テレビ放送)開局以来使われてきた「毎日テレビ」(または「毎日」)から「MBSテレビ」(または「MBS」)に統一された。地上デジタルテレビ放送のGガイドでは「MBS毎日放送」と表記している。2011年7月23日までは一般呼称を「毎日放送テレビ」としていた他、単にMBSと呼称される場合や、アナログ時代には新聞などのラジオ・テレビ欄では「毎日テレビ」と表記されていたが、中日新聞(伊賀・紀州・滋賀・福井版のみ)と日刊県民福井ではラジオと同様「毎日 MBS」と、スポーツニッポンと日刊スポーツ、神戸新聞、デイリースポーツでは「毎日」と表記されていた。なお、当時はラジオ部門とは異なり、「MBSテレビ」と呼称されることは稀であった。

2017年(平成29年)4月1日に商号を「MBSメディアホールディングス」へ変更するとともに、テレビ・ラジオ両放送事業を「(新)毎日放送」が引き継いだ。その後、2021年4月1日にはMBSメディアホールディングスの完全子会社として新たに設立された「株式会社MBSラジオ」に毎日放送が保有してきたラジオ放送免許とラジオ放送事業を承継し、テレビ単営局へと移行した。

在阪放送局中、同社と朝日放送テレビ、関西テレビの3社は各々の在京キー局(TBSテレビ、テレビ朝日、フジテレビ)より開局が早い。これは、この3社とキー局3社とは設立当時それぞれがまったくの無関係だったことによる。ただし、ラジオ放送開始が日本でも最古参なのとは裏腹に、テレビ放送開始は在阪局の中でも4番目と遅く、放送開始日は現キー局のTBSテレビより約4年、旧キー局のテレビ朝日(当時は日本教育テレビ〈NETテレビ〉)と比べてもほぼ同時期だが1か月遅れている。一方、読売テレビとテレビ大阪はそれぞれのキー局の意向で設立されたため、キー局よりも遅い開局となっている。

RKB毎日放送とは繋がりが強く、ラジオ番組の共同制作や共同セールスを行ったり、テレビでは腸捻転時代も九州朝日放送(KBC)の編成から外れた自社制作番組を販売またはスポンサードネットしていた他、健康保険組合を共同で設立するなど姉妹会社の様相を呈している。なお、アナログ親局やデジタル放送におけるリモコンキーIDも同じ「4」となっている。三菱UFJ銀行やりそな銀行とも関係が親密である。

FM802には、ニッポン放送とともに主要株主として設立に携わっている。設立時にはニッポン放送から編成、毎日放送から営業の責任者が出向していた。現在でも、イベントを共催することが多い。2019年(令和元年)7月には、FM802および同社が運営するFM COCOLOとの間で災害情報共有パートナーシップ協定を締結した。

企業情報[編集]

本社[編集]

  • 所在地:〒530-8304 大阪府大阪市北区茶屋町17-1
  • 交通 : 大阪梅田駅 (阪急) 茶屋町口から徒歩約5分。JR西日本 大阪駅、大阪梅田駅 (阪神)、大阪市高速電気軌道 梅田駅・中津駅・東梅田駅・西梅田駅から徒歩約10分。
  • 一部の番組には「番組専用郵便番号」が存在する。

在阪テレビジョン放送局の中でも人通りが多い場所にあり、本社前は、平日では通勤者の通り道にもなっている。近隣には、梅田芸術劇場が入居する「ちゃやまちアプローズ」、阪急電鉄本社ビル、梅田ロフト、NU茶屋町などの業務・商業施設が立ち並び、阪急神戸・宝塚・京都各線の大阪梅田駅 - 中津駅間およびJR京都線大阪駅 - 新大阪駅間を走行する列車の車内から現社屋ビルを確認可能である。上部部分は「M」の文字を象った形をしている。「毎日」(Mainichi)をイメージした造型だとの文献も散見されているが、当時この空域でNTTの電波が送信されており、建物の高さ制限があったため、このデザインとなった。

現在の社屋は、1990年(平成2年)9月1日に大阪市北区茶屋町の阪急百貨店流通センター跡地に本館(現:M館)が完成。毎日大阪会館にあった営業・経理などの本社機能と、千里丘放送センターにあった報道局などの部署、千里丘で制作されていたテレビ・ラジオ番組の一部を除いて茶屋町の新社屋に移転して、同日からテレビは2日間、ラジオは5日間にわたって、開局40周年・新社屋放送開始記念の特別番組を制作・放送した。

同日のグランドオープン以来、1階の大半を「アトリウム」(オープンスペース)としてテレビ・ラジオ番組の生中継・収録や各種イベントに利用。「MBSグッズショップ」(旧名称は「エムぞうの店」→「ネビュラ」)やタリーズコーヒーの支店(1990年のオープン当初は「スターシップ」というレストランだった)も入居していた。2階では、オープン当初、「ギャラクシーホール」という名称でコンサートホールの機能を持たせていた。後に、「ギャラクシースタジオ」へ転用。テレビの生放送番組や公開収録・イベントに用いられていた。

2010年7月、本社北側に免震構造の地上15階地下1階の新館(完成に伴い「B館」と呼称)を建設することを発表。大阪市から「企業・大学等立地促進助成制度」を適用され、2011年4月に着工、2013年9月4日に竣工した。新館がB館という名称になったことに伴い、本館は「M館」の名称が付けられた。ちなみに、「M館」「B館」という呼称は、毎日放送の略称である「MBS」に由来している。ただし、「B館」の運用開始時点で、正式に「S館」という呼称を付けた施設・社屋は実在しない。

B館」は、MBSテレビのチャンネル番号(4)とMBSラジオの周波数(1179)にちなんで、201444日午前1179秒にグランドオープン。MBSラジオでは、『MBSグランドオープンスペシャル 上泉雄一のええなぁ!公開生放送』(月-金曜にレギュラー放送中の生ワイド番組『上泉雄一のええなぁ!』がベースの記念特別番組)の中でその瞬間を伝えた。

B館」には、完成時点で存在していた千里丘ミリカセンターから機能移転した中継基地(中継車車庫含む)、「MBSスタジオ in USJ」から機能を移転させたテレビ番組用の2つのスタジオ、オフィス、ヘリポート、高さ約36m(地上からの高さ約117m)の電波用鉄塔などを設置。従来の社屋(「B館」の竣工を機に「M館」と呼称)とは、2・12・13階に設けた渡り廊下で接続する。2015年4月20日には「M館」で運用していた主調整室(マスター)を更新に伴い移転し運用を開始した。

B館」の運用を開始する2014年4月4日から、特別番組の放送や視聴者も参加できる記念イベント(「1万人のテープカット」「チャリウッド2014」など)を開催。「M館」(本社屋)の1階でもB館建築により大幅な改修工事が行われ、タリーズコーヒーのスペースを移動させたうえで、跡地に在阪放送局の社屋内では初めての試みとして、「らいよんデイリーストア」(デイリーヤマザキに「MBSグッズショップ」の機能を統合させたコンビニエンスストア)を開店した。「M館」では、「ギャラクシースタジオ」の名称を「Cスタジオ」へ変更する一方で、「Cスタジオ」を「ギャラクシーホール」として運用していた時期に活用していた1階のエントランスおよび「アトリウム」を一般にも利用できる「ちゃやまちプラザ」(放送上の通称は「ちゃプラステージ」)にリニューアル。旧エントランスを「ちゃやまちプラザ Live Space」、旧「アトリウム」を「ちゃやまちプラザ Lobby Space」として、番組の生中継・公開収録やイベントなどで定期的に活用するようになった。「ちゃやまちプラザ Live Space」については、『MBSグランドオープンスペシャル 上泉雄一のええなぁ!公開生放送』から、番組での使用を開始した。M館のほぼ南(「らいよんデイリーストア」西口の隣)に位置している「マーらいよん石像モニュメント」は、木目のベンチと一体になっていて、石像の視野が西側へ向くように設計されている。

当社がテレビ放送事業開始60周年を迎えた2018年からは、生放送への対応や報道・制作両局間の連携を強化する目的で、「M館」の2階を「ライブセンター」として新装する工事に着手。Cスタジオ(ギャラクシースタジオ)を含むスペースを、生放送の情報番組と連動した「情報フロア」へ改装したうえで、2019年1月28日(月曜日)の『ちちんぷいぷい』(テレビの生放送番組)から運用を開始した。さらに、M館1階の「ちゃプラステージ」も、「ライブセンター」へ組み込むことを前提に改装された。

日本国内の支社・支局[編集]

  • 東京支社
    • 所在地 : 〒107-6328 東京都港区赤坂5丁目3-1 赤坂Bizタワー28階
    2008年(平成20年)2月12日より、パレスサイドビルディング(東京都千代田区一ツ橋1丁目1番1号・毎日新聞東京本社も入居)内から旧・赤坂メディアビル再開発計画である複合施設『赤坂サカス』の中核をなす高層ビル「赤坂Bizタワー」に移転。生放送に対応したラジオ・テレビ兼用の多目的スタジオ「MBS Tokyo Biz Studio」を設置しており、東京での番組制作などで使われる。本社(茶屋町)と東京支社は常設回線で結ばれており、東京支社内で毎日放送のテレビ・ラジオ放送がリアルタイムに視聴できる。赤坂Bizタワーはキー局のTBS HDが所有している土地・建物であり、TBSHDの敷地内に毎日放送東京支社があることになる。
    • 交通 : 東京メトロ千代田線 赤坂駅の地下2階から直結。同銀座線・丸ノ内線 赤坂見附駅から徒歩5分、同銀座線・南北線 溜池山王駅から徒歩6分。
  • 京都支局
    • 所在地:〒604-8186 京都府京都市中京区車屋町通御池下ル梅屋町358 アーバネックス御池ビル西館
    京都府・滋賀県全域および福井県南部の報道取材拠点で、報道局から3名の記者が常駐している。
  • 神戸支局
    • 所在地 : 〒650-0033兵庫県神戸市中央区江戸町95 井門神戸ビル13階
    兵庫県内の報道取材拠点で、報道局から若干名の記者が常駐している。
  • 名古屋支局
    • 所在地 : 〒460-0003 愛知県名古屋市中区錦3丁目6-35 ワキタ名古屋ビル8階
    2009年(平成21年)12月に栄町ビル(同市中区錦3丁目23-31)から現在地に移転。栄町ビル以前は毎日名古屋会館(同市中村区名駅4丁目7-35。現在のミッドランドスクエアの建つ場所)に入居していた。
  • 徳島支局
    • 所在地 : 〒770-0841徳島県徳島市八百屋町2丁目11 ニッセイ徳島ビル6階

日本国外の支局[編集]

現在は、パリ(フランス)と上海(中国)に設置。いずれも、毎日放送の活動拠点にとどまらず、JNNの国外支局(放送上の名義は「JNN〜支局」)としても機能している。かつては、マニラ(フィリピン)にも支局(放送上の名義は「JNNマニラ支局」)を設置。2017年10月にパリ支局を自社で開設するまでは、ベルリン(ドイツ)に支局(放送上の名義は「JNNベルリン支局」)を設置していた。

年表[編集]

  • 1950年(昭和25年)12月27日 - 「新日本放送株式会社」設立。初代社長に杉道助が就任。大阪市北区天神橋七丁目に仮スタジオと研修センターを置いた。その後、大阪市北区角田町にある梅田阪急ビル(阪急百貨店本店、現・阪急百貨店うめだ本店)屋上に本社及び演奏所を建設。試験放送開始と同時に業務機能を完全に移転。
  • 1951年(昭和26年)
    • 4月21日 - 中部日本放送(現・CBCラジオ)他15局と共に予備免許が交付される。コールサイン:JOOR、周波数:1210kc、出力10kW。この日は1993年、記念日「民放の日」となった。
    • 7月8日 - 日本初の民間放送として試験電波を発射。
    • 7月31日 - 本免許交付。
    • 8月15日 - サービス放送開始(8月31日まで実施)。
    • 9月1日 - 新日本放送、本放送開始(JOOR)。中部日本放送より5時間30分遅れて正午に本放送開始。民放では日本で2番目。キャッチフレーズは「あなたの民間放送
    • 9月3日 - 現在も続く民放ラジオ最長寿番組『歌のない歌謡曲』放送開始。
  • 1956年(昭和31年)12月1日 - 朝日放送、朝日新聞社、毎日新聞社と合弁で会社を設立し大阪テレビ放送を開局。
  • 1958年(昭和33年)6月1日 - 新日本放送の商号を「株式会社毎日放送」に改称。
  • 1959年(昭和34年)
    • 3月1日 - 準教育局(ANN系列の準キー局)として、地上アナログ本放送開始(JOOR-TV)。東京・フジテレビ、福岡・九州朝日放送と同日開局。ラジオ東京(KRT、現在のTBSテレビ)のフルネット局として開局を目指していたが、KRT側に拒否され、その後フジテレビ(CX)とのネットワーク関係樹立を目指すも断念。結果、日本教育テレビ(NET。現在のテレビ朝日(EX))主体でのネットワーク形成を余儀なくされる。
    • 3月6日 - 『真珠の小箱』放送開始。
    • 10月 - ラジオの出力を20kWに増力。
    • 10月5日 - 『皇室アルバム』放送開始。
  • 1960年(昭和35年)
    • 大阪府吹田市の千里丘陵に2階建ての「千里丘スタジオ」完成。番組制作機能を移転。
    • 2月1日 - 朝日放送(ABC)が四社連盟(1ヵ月後には五社連盟)に加入したためKRTの番組を手放す。しかし、『毎日新聞ニュース』のネット受けという形でKRTとの関係は残る。また、CXの番組が関西テレビ(KTV)に移行したため、キー局をNET(現在のテレビ朝日 (EX))に統一。
  • 1963年(昭和38年)
    • 3月下旬-4月初旬 - 『選抜高校野球(春のセンバツ)』を、毎日新聞社との関係上、特例でTBSにスポンサードネットされた。この前後の時期には、当時TBS系列だったABCの『夏の高校野球』の開会式や決勝戦等、一部の試合がNETや東京12チャンネルにネットされている。
    • 10月6日 - 全国ネットのクイズ番組『アップダウンクイズ』放送開始。
  • 1964年(昭和39年) - TBSラジオ、RKBラジオと暫定ラジオネットワークを結成。翌年のJRN(Japan Radio Network)発足へと繋がる。
  • 1965年(昭和40年)
    • 5月2日 - TBSラジオをキーステーションとしたラジオネットワーク、JRNに加盟。
    • 5月3日 - 文化放送とニッポン放送をキーステーションとしたラジオネットワーク、NRN(National Radio Network)に加盟。
  • 1967年(昭和42年)
    • 4月1日 - テレビのカラー本放送開始。大阪地区では4番目。
    • 6月10日 - 民間放送教育協会(民教協)発足と同時に加盟。
    • 10月2日 - 深夜番組『歌え!MBSヤングタウン』(現在の『MBSヤングタウン』)放送開始。
  • 1968年(昭和43年)7月1日 - 三井物産や三菱商事などの支援を受けて、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の番組制作を請け負う株式会社東京十二チャンネルプロダクション(現在の株式会社テレビ東京)を設立。
  • 1969年(昭和44年)
    • 7月3日 - 桂三枝(現・6代桂文枝)が司会のバラエティ番組『ヤングおー!おー!』放送開始。
    • 10月1日 - 東京12チャンネル(現在のテレビ東京(TX))ともネットを結び、NETテレビとのクロスネット局となる(1975年3月30日まで)。NETのみだった全国ネット番組を、一部東京12チャンネルへ切り替えて関西唯一のキー局宣言をする。このためNETとの関係が悪化し始める。ただ、MBSは、NET(現在のテレビ朝日)と東京12チャンネルとのクロスネット局時代もNETが優位で、東京12チャンネルとは、人気のある番組を中心とした非報道関係の番組の一部ネットにとどまった。
  • 1970年(昭和45年)1月1日 - NETテレビをキーステーションとしたテレビニュースネットワーク、ANNが発足し加盟。全国ニュースタイトルは、他の系列局に遅れて、4月より『ANNニュース』(スポットニュースは『MBSニュース ANN』)となる(それまでは従来通り『MBSニュース』だった)。
  • 1971年(昭和46年)
    • 11月 - ラジオの出力を50kWへ増力。
    • 12月31日 - この日を最後にNETテレビ(現在のテレビ朝日)の『23時ショー』のネットを打ち切り、金曜日分の制作からも撤退。地方からの問題提起として話題を撒く。
  • 1974年(昭和49年)
    • ラジオニュースの編集権が毎日新聞社から毎日放送に移管。ニュースタイトルを『毎日ニュース』に変更。
    • 4月1日 - ANN正式発足。ニュース協定締結。
    • 4月8日 - ラジオの生ワイド番組『ありがとう浜村淳です』放送開始。
    • 11月18日 - TBSから、「1975年(昭和50年)3月31日から朝日放送(ABC)に代わりネットを開始する。」との通告を受ける。
  • 1975年(昭和50年)3月31日 - ANNを脱退し、東京12チャンネルとのネットワーク関係を解消(※近畿放送テレビ→KBS京都・サンテレビジョンを経てテレビ大阪。但し、テレビ大阪開局までは番組販売扱いでの放送を継続)。朝日放送に代わって、5社連盟に加盟し、NET系列局から開局以来からの念願であったTBS系列局となる。これにより、テレビネットワークの“腸捻転”が解消される。「東芝日曜劇場」の制作にも参加。また当日から近畿広域圏のJRNのニュースネットワーク担当局が朝日放送ラジオからMBSラジオに移管した。
  • 1976年(昭和51年)1月5日 - 近畿広域圏では初のローカルワイドニュース『MBSナウ』放送開始。
  • 1977年(昭和52年)5月15日 - ラジオの周波数を1210kHzから1180kHzに変更。
  • 1978年(昭和53年)
    • 11月23日 - 国際電気通信連合(ITU)の取り決めにより、周波数が9kHzステップへ移行。それに伴い、午前5時をもってラジオの周波数を1180kHzから1179kHzに変更。
    • 12月10日 - テレビの音声多重放送を開始。
  • 1980年(昭和55年)4月 - 近畿広域圏初のローカル・ドキュメンタリー番組『映像'80』放送開始(2020年現在、番組タイトルは『映像'20』)。
  • 1982年(昭和57年)2月11日 - 第1回『毎日カルチャースペシャル ラジオウォーク』を実施。毎年初春の風物詩として毎年2月に開催。年2回の開催を経て、2012年(平成14年)の第31回から、開催日を3月20日(春分の日)に固定している(新型コロナウイルス感染が拡大している2020年(令和2年)は中止)。
  • 1983年(昭和58年)
    • 4月7日 - 全国ネットのクイズ番組『世界まるごとHOWマッチ』(東京支社制作、東京での収録)放送開始(大橋巨泉、石坂浩二、ビートたけし他出演)。
    • 12月4日 - 交響曲第9番 (ベートーヴェン)の第4楽章を1万人前後で合唱する『サントリー1万人の第九』の第1回公演を、主催(サントリーの協賛→特別協賛)事業として大阪城ホールで開催。翌1984年(昭和59年)以降も、毎年12月の第1日曜日に催されている。
  • 1984年(昭和59年)1月25日 - 毎日放送アナウンサーが総出演のバラエティ番組『あどりぶランド』放送開始。放送局のアナウンサー総出演のバラエティ番組の先駈けとなった。
  • 1986年(昭和61年)3月 - 『選抜高等学校野球大会』を国内テレビ初のサラウンド放送実施。
  • 1990年(平成2年)
    • 4月16日 - 『痛快!明石家電視台』放送開始。
    • 7月 - 毎日放送の社名ロゴタイプを変更。前代ロゴを少し細く・丸帯びたようなものであった。但し、MBSのロゴは従来通り。新しいデザインによる社旗(三色旗)、社章(バッジ)制定。
    • 9月1日 - ラジオ開局40周年を機に大阪市北区茶屋町に15階建ての新本社・放送センター完成、同区堂島(毎日大阪会館内)にあった登記上本店機能と吹田市の千里丘放送センターの機能の一部を移転・統合。9月1日からテレビは2日間、ラジオは5日間にわたって開局40周年・新社屋放送開始記念の特別番組を制作・放送。
  • 1992年(平成4年)
    • 3月15日 - 午前9時、ラジオのAMステレオ放送開始(TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送、朝日放送と同時)。
    • 3月31日 - 民間放送教育協会を脱退。近畿地方においての民教協番組はKBS京都・サンテレビジョン・テレビ和歌山・ラジオ関西・和歌山放送がクッション期間としての形で1年間放送した後、1993年(平成5年)から朝日放送に移行。
  • 1995年(平成7年)1月17日 - 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が発生し、ニューススタジオにあったセットが倒壊。テレビ・ラジオとも、当日午前からすべてのCMをおよそ2日間中止し、その放送枠に安否情報や生活情報を挿入。CM再開後もミニ番組などを休止し同様の情報を1月28日まで連日放送。
  • 1998年(平成10年)4月5日 - 現在も放送しているドキュメンタリー番組『情熱大陸』が放送開始。
  • 1999年(平成11年)
    • 9月 - 『MBSヤングタウン』月 - 金曜分の放送をいったん終了。ただし、土・日曜分は放送を継続しているほか、2018年(平成30年)4月6日から金曜分、MBSラジオへのラジオ放送事業移管後の2021年(令和3年)10月4日から月 - 木曜分の放送を再開している。
    • 10月11日 -夕方の情報生番組『ちちんぷいぷい』放送開始。
  • 2000年(平成12年)9月29日 - 『MBSナウ』放送終了。同年10月2日より『VOICE』へとリニューアル。
  • 2001年(平成13年)
    • 3月31日 - ユニバーサル・スタジオ・ジャパン内にMBSスタジオ in USJ完成。
    • 4月14日 - 土曜デイタイムの情報生番組『せやねん!』放送開始。
  • 2003年(平成15年)
    • 10月7日 - なんばパークス内にラジオ局のサテライトスタジオとなるパークスラジオパラダイスをオープン。
    • 12月1日 - 午前11時に地上デジタルテレビジョン放送(JOOR-DTV)を開始(ISDB-T方式)。この際、社長・山本雅弘(当時、後に会長を歴任)の提案で、地域に根ざした放送局を目指す「スーパーリージョナルステーション」にすることを宣言。
  • 2004年(平成16年)
    • 3月1日 - アナログ・デジタル統合マスター(NEC製)運用開始。
      • 現在発行しているベリカード(テレビ・ラジオ共通)は前述のアナログ・デジタル統合テレビマスターの全景写真(パノラマ撮影)がデザインされている。
    • 7月 - 在阪放送局主体のイベントとしては初となるオーサカキングを大阪城公園一帯で開催、40万人を超える人出となる。好評につき、2008年(平成20年)まで開催された。
  • 2007年(平成19年)8月25日 - 9月2日 - 世界陸上選手権大阪大会をJNN・JRN系列で独占中継。制作協力として参加した。
  • 2008年(平成20年)
    • 2月6日 - 千里丘ミリカセンターがオープン。
    • 2月12日 - 東京支社が赤坂Bizタワーに移転。
  • 2010年(平成22年)
    • 3月1日 - 未明の放送終了を以ってラジオのAMステレオ放送を終了。早朝4:30の放送開始よりモノラル放送に移行。
    • 3月15日、ほかの在阪ラジオ5局と共同でインターネットでのサイマル放送「radiko」を試験的に開始(大阪府・京都府・兵庫県・奈良県。2010年(平成22年)12月1日からは滋賀県・和歌山県にも拡大)。「radiko」ではステレオ配信を実施している。
  • 2011年(平成23年)
    • 7月24日 - この日正午をもって地上アナログテレビ放送を終了(TBSテレビ制作『アッコにおまかせ!』の放送中に終了)。23時58分からはアナログ完全終了の為の特別のクロージングが流され、23時59分にアナログ放送が完全に停波。新聞・テレビ情報誌の表記が「毎日テレビ」「毎日ラジオ」から「MBSテレビ」「MBSラジオ」に変更される。アナログ放送停波前に特別な局名告知が放送され、こちらの映像は同局の公式Youtubeチャンネルにアップロードされている。
    • 9月1日 - 開局60周年を迎えることを記念として、CIを刷新。"MBS"及び"毎日放送"ロゴマークの現行のものに変更、コーポレートカラーに黄緑色を制定する。(テレビ中継車の一部を黄緑色を基調としたデザインに変更。同時に4マーク及び1179マークも変更。社旗は黄緑地に白抜きで「MBS」の新ロゴ、その下に黒字で「Mainichi Broadcasting System,Inc.」と表記された物に変更。また社章(バッジ)は2011年(平成23年)度入社分までは従来の物を使用しているが、2012(平成24)年度分から新デザインにて使用される。)テレビでの製作・著作クレジット表示を毎日放送からMBSに統一。
  • 2013年(平成25年)10月1日 - 高石ラジオ送信所(大阪府高石市)の敷地内で「毎日放送高石太陽光発電所」の運営を開始。これを機に、在阪の放送局では初めて太陽光発電事業に乗り出した。なお、同発電所で生み出された電力は、20年間の予定で全量を関西電力に販売する。
  • 2014年(平成26年)4月4日 - 午前1179秒に、本社「B館」がグランドオープン。このオープンを機に、「あらためまして、MBS」というキャッチフレーズを使用。
  • 2015年(平成27年)4月20日 - 本社B館に災害時でも確実に放送を継続できるように対応した新しい主調整室(マスター)に移転更新され、運用を開始(NEC製)。
  • 2016年(平成28年)
    • 3月19日 - この日の正午放送の在阪3局共同制作特別番組『ほんまもんのワイドFMをハッキリ愛して』より、朝日放送ラジオ・ラジオ大阪と共に、奈良県生駒市の生駒山にある生駒FM補完中継局からFM補完放送(ワイドFM、90.6MHz)を開始。
    • 7月28日 - 認定放送持株会社に移行する計画であると発表、同日付で分割準備会社である「毎日放送分割準備株式会社」を設立。
    • 9月 - 在阪の放送事業者では初めて、気象庁から予報業務許可事業者としての実施許可を受けた(許可第202号)。この許可によって、近畿地方などを対象に、毎日放送が独自に調査した天気予報(ピンポイント予報など)をテレビ・ラジオ番組で放送できるようになった。
    • 9月6日 - 同月1日にラジオの本放送開始65周年を迎えたことから、ワイドFMの周波数 (90.6MHz) にちなんで、9月6日を「MBSラジオの日」にすることを発表。日本記念日協会に申請したところ、記念日として正式に認定されたため、この日に放送された『ありがとう浜村淳です』内で登録証の授与式が催された。放送局によるワイドFM用周波数にちなんだ記念日の登録・認定は日本初の事例で、AM用周波数にちなんだ記念日を含めても、文化放送・ニッポン放送に次ぐものである。また、当時と同じ阪急百貨店うめだ本店屋上に、「民間放送誕生の地」記念プレートを設置。
    • 10月 - 開局65周年を記念した特別企画として、13日から16日までの期間に、クルーズ客船「ぱしふぃっくびいなす」のチャーターによる有料のスペシャルツアー「MBSプロデュース 豪華客船 神戸発着3泊4日の旅『ドリームズ・カム・クルーズ』」を開催。船上では、テレビ番組(『ちちんぷいぷい』『せやねん!』)・ラジオ番組(『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』『ヤマヒロのぴかいちラジオ』)向けの生中継や、テレビ・ラジオのレギュラー番組(『プレバト!!』『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』)からの派生企画などのイベントを連日実施した。最終目的地の屋久島に到着した15日には、『あっぱれ!屋久島ツアー 神秘の島でパワーをもらっちゃおうスペシャル』(系列局・南日本放送とのコラボレーションによる開局65周年特別番組)を同局と同時に生放送(11:58 - 12:54)。また、近藤光史(元・アナウンサーで『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』パーソナリティ)や山中真アナウンサーの案内によるオプショナルツアーを開催した。
  • 2017年(平成29年)
    • 1月6日 - 前年9月に気象庁から気象予報業務の実施許可を受けたことを背景に、この日放送の『ちちんぷいぷい』から、毎日放送の独自調査による「ピンポイント天気予報」(特定の地点に向けた天気予報)の放送を開始。同年9月29日まで、毎週金曜日の第2部(関西ローカルパート)エンディングで放送していた。
    • 4月1日 - 放送法などの手続や総務大臣の認可などを経て、同日付で(旧)毎日放送の商号を「MBSメディアホールディングス」に変更。全国で8社目、在阪準キー局では初めて放送持株会社体制へ移行した。また、分割準備会社である毎日放送分割準備に放送事業などを承継させたうえで、「(新)毎日放送」(以下「新社」と略記)を発足。新社ではテレビ放送事業とラジオ放送事業を分割せず、従来のラ・テ兼営体制を維持するほか、旧社に所属していたアナウンサーや番組スタッフも新社に自動転籍したうえで引き続き勤務している。
    • 4月3日 - テレビの『ちちんぷいぷい』に続いて、ラジオの平日生ワイド番組『松井愛のすこ〜し愛して♥』『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』や、ラジオのプロ野球中継『MBSベースボールパーク』(阪神甲子園球場から阪神タイガースの主催試合を中継する場合)でも毎日放送の独自観測に基づく天気予報のレギュラー放送を開始。
  • 2018年(平成30年)7月29日 -(28日深夜)午前3時半頃〜午前6時10分まで、台風12号の影響で高石ラジオ送信所に落雷があり、約2時間半中波での放送が停止した。落雷による放送停止は同社が1951年にラジオ放送を開始して以来初めて。茶屋町の本社にある予備送信所を使用して代替放送したが、出力が1kWなため電波は大阪市内と北摂地域周辺にしか届かなかったと見られる。なおFM補完中継局やradikoでの放送に異常は無かった。
  • 2019年(平成31年/令和元年)
    • 1月8日(7日深夜) - 対話型ヒューマノイドロボット「CommU(コミュー)」3体(せんた・れふた・らいた)が人間の悩みに答えるテレビ番組『ロボロボ』を、この日からレギュラーで放送。石黒浩(大阪大学特別教授)を初めとするロボット工学の研究者と毎日放送による産学連携プロジェクトに沿った共同研究実験(番組表上の略称は「阪大MBS」)の一環で、人間が一切登場しない代わりに、ロボットだけで進行するテレビのレギュラー番組は日本の放送局で初めてとされる。
    • 1月28日 - 本社M館の2階に新装された「ライブセンター」の運用を、この日の『ちちんぷいぷい』の生放送から開始。
    • 4月1日 - 『ちちんぷいぷい』のレギュラー放送枠を番組史上最短の1時間54分(13:55 - 15:49)まで短縮したうえで、同日から全編を同時ネット番組として放送。また、同番組の関西ローカルパートと『VOICE』の放送枠を統合したうえで、平日の15:49 - 19:00で総合情報番組『ミント!』の放送を開始。
    • 7月16日 - 千里丘ミリカセンターが閉鎖。
  • *11月1日 - 「日本一早い2025大阪万博応援番組」と銘打ったラジオ番組『ばんぱく宣言 われら21世紀少年団』を、この日から2025年(令和7年)までの6年間にわたってレギュラーで放送。
  • 2020年(令和2年)4月 - 年頭から日本国内で新型コロナウイルスへの感染が拡大していることへの対応策として、テレビ・ラジオ番組の制作・放送体制を平時から大幅に変更。その一方で、テレビ制作局のプロデューサー時代に『ちちんぷいぷい』などの番組を立ち上げた岡田公伸取締役が、感染に伴う心筋症のため9日に60歳で急逝した。以上の事態を受けて、20日(月曜日)からは、同番組と『ミント!』の放送枠を暫定的に統合。『おうちにいようよ ちちんぷいぷい&ミント!』(5月最終週のみ『あしたのために ちちんぷいぷい&ミント!』)というタイトルで、5月29日(金曜日)まで放送している。
  • 2021年(令和3年)
    • 1月14日 - 『ありがとう浜村淳です』に第1回から(放送休止期間や休暇期間を除いて)出演を続けてきたパーソナリティの浜村淳(当時86歳)が、検査入院を理由に、同番組を初めて完全に休演。前日(13日:水曜日)の出演後に受けた定期検診で脳内の血管にごく小さな梗塞が見付かったことに伴う入院で、15日(金曜日)放送分にも出演を見合わせたが、16日放送分の土曜版(『ありがとう浜村淳です土曜日です』)に電話で出演。18日(月曜日)放送分からスタジオに復帰した。
    • 3月5日 - 新型コロナウイルス感染拡大の影響で毎日放送グループ全体の収益が急速に悪化していることなどを背景に、「Newsミント!」を除く『ミント!』の関西ローカルパートの放送をこの日で終了。「Newsミント!」については、『VOICE』と同様の単独番組として、8日(月曜日)以降も26日(金曜日)まで放送した。
    • 3月10日 - 株式会社毎日放送が保有するラジオの中波(AM)放送と超短波(FM)補完放送の免許を、4月1日付で「毎日放送ラジオ分割準備株式会社」が承継することについて、総務省が武田良太総務大臣(当時)の名で許可。
    • 3月12日 - 『ミント!』と同様の事情で、『ちちんぷいぷい』の放送をこの日で終了。関西地方における放送期間はおよそ21年半、放送回数は5,115回であった。
    • 4月1日 - 毎日放送(新社)が保有するラジオ放送事業とラジオ放送免許を、吸収分割方式で毎日放送ラジオ分割準備株式会社(MBSメディアホールディングスの全額出資で2020年5月28日に設立)へ承継。毎日放送ラジオ分割準備会社は、商号を「株式会社MBSラジオ」に変更した。毎日放送(新社)については、テレビ放送事業とテレビ放送免許を保有するテレビ単営局として、「株式会社毎日放送」という商号を引き続き使用。その一方で、デジタルテレビ放送のコールサインを、JOOR-DTVからJOOY-DTVに変更した。このため、毎日放送(新社)では、変更時刻の前後(0:00)に『らいよんチャンネル』(番宣番組)を編成。『よんチャンTV』のスタジオセットで収録された映像を通じて、同番組MCの河田直也アナウンサーが変更を告知した。
    • 7月23日 - 新日本放送の設立へ尽力した後に、毎日放送で社長などを歴任した高橋信三の遺志に沿って1993年(平成5年)5月に設立された公益信託高橋信三記念放送文化振興基金が、放送関連の活動に対する助成金の2021年(令和3年)度交付式を大阪市内で開催。この基金では助成の公募・選考と助成金の給付を1993年(平成5年)度から29年間続けてきたが、2021年(令和3年)度で終了した。
    • 10月 - 毎日放送と株式会社MBSラジオが、「TEAM EXPO 2025」(公益社団法人2025年日本国際博覧会協会がSDGsの達成と同年の大阪・関西万博開催に向けて展開しているプログラム)の「共創パートナー」として登録。
  • 2022年(令和4年)
    • 4月11日 - TVerでTBS系列全国ネット番組のリアルタイム配信がこの日の19:00から始まることに伴って、当時22:00から放送されていた『100%!アピールちゃん』(8月22日で終了)を皮切りに、『プレバト!!』『日曜日の初耳学』(いずれも東京支社の制作でゴールデンタイムに放送している全国ネット番組)のリアルタイム配信を順次開始。
    • 10月 - 土曜日の7:30 - 17:30を対象に、「在阪の民放テレビ局では初めて」とされる自社制作番組の10時間連続レギュラー編成を関西ローカルで開始。『所さんお届けモノです!』『サタデープラス』(いずれも全国ネット向け)『せやねん!』『よしもと新喜劇』『三度の飯よりアレが好き!』『住人十色』(いずれも関西ローカル向け)といった番組のレギュラー放送を続けながら、前月まで長らく平日の深夜に編成されてきた自社制作のバラエティ番組から、『ごぶごぶ』の放送枠を14時台・『痛快!明石家電視台』の放送枠を15時台に移動させた。月曜日の深夜(火曜日の未明)に放送されてきた『明石家電視台』がレギュラー放送の曜日・時間帯を変更することは、上記の放送開始から32年半にして初めてだが、「MBSウイークエンドスペシャル」としてスポーツ中継やJNN加盟局制作・全国ネット向けの特別番組を編成する週には『ごぶごぶ』『明石家電視台』『三度の飯よりアレが好き!』から少なくとも1番組を休止することで対応。


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