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平安時代

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平安時代(へいあんじだい、旧字体: 平󠄁安時代、延暦3年(784年)/延暦13年(794年) - 12世紀末)は、日本の歴史の時代区分の一つである。延暦13年(794年)に桓武天皇が平安京京都・現京都府京都市)に都を移してから鎌倉幕府が成立するまでの約390年間を指し、京都におかれた平安京が、鎌倉幕府が成立するまで政治上ほぼ唯一の中心であったことから、平安時代と称される。広義では延暦3年(784年)の長岡京遷都からの約400年間を指す。

通常、古代の末期に位置づけられるが、中世の萌芽期と位置づけることも可能であり、古代から中世への過渡期と理解されている。近年では、荘園公領制が確立した院政期を中世初期に含める見解が有力になり、学校教育においてもこれに沿った構成を取る教科書が増えている。さらに遡って、律令制から王朝国家体制に移行する平安中期(900年頃以降)を中世の発端とする意見もある[要ページ番号]。平安時代を古代と中世のどちらに分類するかはいまだに議論があり、中立的な概念と古くから主に文学史の世界で使われてきた「中古」という語を用いることもある。

概観[編集]

平安前期は、前代(奈良時代)からの中央集権的な律令政治を、部分的な修正を加えながらも、基本的には継承していった。しかしながら、藤原氏による荘園の拡大の結果として、律令制と現実の乖離が大きくなっていき、9世紀末から10世紀初頭ごろ、政府は税収を確保するため、律令制の基本だった人別支配体制を改め、土地を対象に課税する支配体制へと大きく方針転換した。この方針転換は、民間の有力者に権限を委譲してこれを現地赴任の筆頭国司(受領)が統括することにより新たな支配体制を構築するものであり、これを王朝国家体制という。

王朝国家体制の確立によって、朝廷は地方統治を事実上放棄した。その上、桓武天皇が軍団を廃止した結果として、地方は治安が悪化し無政府状態に陥いり[要出典]、16世紀まで日本列島は戦乱が頻発するようになった。国家から土地経営や人民支配の権限を委譲された有力百姓(田堵・名主)層は、自衛のために武装し、武士へと成長した。彼らは、国家から軍事警察権を委譲された軍事貴族層や武芸専門の下級官人層を取り込み、武士団を結成した。国家権限の委譲とこれによる中央集権の過大な負担の軽減により、中央政界では、官職が特定の家業を担う家系に世襲される家職化が進み、貴族の最上位では摂関家が確立し、中流貴族に固定した階層は中央においては家業の専門技能によって公務を担う技能官人として行政実務を、地方においては受領となって地方行政を担った(平安貴族)。この時期は摂関家による摂関政治が展開し、特定の権門が独占的に徴税権を得る荘園が、時代の節目ごとに段階的に増加し、受領が徴税権を担う公領と勢力を二分していった。

11世紀後期からは上皇が治天の君(事実上の君主)となって政務に当たる院政が開始された。院政の開始をもって中世の開始とする見解もまた有力である。院政期には荘園の一円領域的な集積と国衙領(公領)の徴税単位化が進み、荘園公領制と呼ばれる体制へ移行することとなる。12世紀中期頃には貴族社会内部の紛争が武力で解決されるようになり、そのために動員された武士の地位が急速に上昇した。こうした中で最初の武家政権である平氏政権が登場するが、この時期の社会矛盾を一手に引き受けたため、程なくして同時多発的に全国に拡大した内乱により崩壊してしまう。平氏政権の崩壊とともに、中央政府である朝廷とは別個に、内乱を収拾して東国の支配権を得た鎌倉幕府が登場し、平安時代は幕を下ろした。

年表[編集]

  • 延暦3年(784年) - 長岡京建設開始
  • 延暦4年(785年) - 藤原種継暗殺、皇太子早良親王を廃位
  • 延暦6年(787年) - 長岡京へ遷都
  • 延暦13年(794年) - 長岡京を廃し、平安京に遷都
  • (805年) - 最澄、比叡山延暦寺を創建
  • (806年) −空海、高野山金剛峯寺を創建
  • 大同2年(807年) - 伊予親王の変
  • 大同5年(810年) - 薬子の変
  • 承和9年(842年) - 承和の変
  • 天安2年(858年) - 藤原良房、人臣初の摂政となる(摂関政治の始まり)
  • 貞観8年(866年) - 応天門の変
  • 貞観11年(869年) - 貞観地震、陸奥国などで甚大な津波被害
  • 元慶4年(880年) - 藤原基経、関白となる
  • 仁和3年(887年) - 阿衡事件、仁和地震。
  • 寛平6年(894年) - 遣唐使廃止
  • 昌泰4年(901年) - 昌泰の変
  • 延喜2年(902年) - 延喜の荘園整理令
  • 延長5年(927年) - 延喜式成立
  • 天慶2年(939年) - 出羽において俘囚が反乱を起こす(天慶の乱)。平将門、常陸国府を襲撃し新皇を号する。藤原純友も受領を襲撃する(承平天慶の乱)
  • 天慶3年(940年) - 平将門敗死
  • 天慶4年(941年) - 藤原純友敗死
  • 康保4年(967年) - 延喜式施行
  • 安和2年(969年) - 安和の変
  • 長徳元年(995年) - 京都で天然痘が流行
  • 長徳2年(996年) - 長徳の変
  • 長徳5年(999年) - 富士山噴火。再度永保3年(1083年)に富士山噴火。内裏が消失。
  • 長和5年(1016年) - 藤原道長、摂政に就任
  • 寛仁3年(1019年) - 刀伊の入寇
  • 万寿5年(1028年) - 平忠常の乱
  • 長元4年(1031年) - 平忠常、源頼信に降服
  • 永承6年(1051年) - 前九年の役始まる
  • 永承7年(1052年) - 末法の第一年を迎える
  • 康平5年(1062年) - 安倍貞任敗死、前九年の役終わる
  • 治暦4年(1068年) - 後三条天皇即位、摂関時代の終わり
  • 延久4年(1072年) - 延久宣旨枡制定
  • 永保3年(1083年) - 後三年の役始まる
  • 応徳3年(1086年) - 白河天皇、上皇となり院政を開始
  • 寛治元年(1087年) - 後三年の役終わる
  • 嘉承3年(1108年) - 平正盛、源義親を追討(源義親の乱)
  • 天永2年(1111年) - 記録荘園券契所設置
  • 大治4年(1129年) - 白河法皇崩御、鳥羽上皇による院政開始
  • 保元元年(1156年) - 鳥羽法皇崩御、保元の乱により後白河天皇方が勝利
  • 平治元年(1159年) - 平治の乱
  • 仁安2年(1167年) - 平清盛、太政大臣となる(平氏政権)
  • 安元3年(1177年) - 鹿ケ谷の陰謀
  • 治承3年(1179年) - 平清盛、後白河法皇を鳥羽殿に幽閉
  • 治承4年(1180年) - 以仁王の挙兵、源頼朝、源義仲も相次いで挙兵(治承・寿永の乱の開始)
  • 治承5年 → 養和元年(1181年) - 後白河法皇院政の再開、養和の飢饉
  • 寿永2年(1183年) - 平氏西走し、源義仲入京。後鳥羽天皇即位。源頼朝、寿永二年十月宣旨により東国支配権の承認を得る
  • 寿永3年 → 元暦元年(1184年) - 源義仲、源義経軍により敗死。源頼朝、問注所・公文所を設置
  • 元暦2年 → 文治元年(1185年) - 壇ノ浦の戦いにより平家が滅ぶ(治承・寿永の乱の終了)。文治の勅許により地頭・守護の設置始まる
  • 文治5年(1189年) - 奥州合戦により奥州藤原氏滅亡
  • 建久元年(1190年) - 源頼朝上洛、権大納言・右近衛大将となる
  • 建久3年(1192年) - 後白河法皇崩御、源頼朝、征夷大将軍となる

天皇在位表[編集]

  1. 天応元年(781年) - 大同元年(806年)…… 桓武天皇
  2. 大同元年(806年) - 大同4年(809年)…… 平城天皇
  3. 大同4年(809年) - 弘仁14年(823年)…… 嵯峨天皇
  4. 弘仁14年(823年) - 天長10年(833年)…… 淳和天皇
  5. 天長10年(833年) - 嘉祥3年(850年)…… 仁明天皇
  6. 嘉祥3年(850年) - 天安2年(858年)…… 文徳天皇
  7. 天安2年(858年) - 貞観18年(876年)…… 清和天皇
  8. 貞観18年(876年) - 元慶8年(884年)…… 陽成天皇
  9. 元慶8年(884年) - 仁和3年(887年)…… 光孝天皇
  10. 仁和3年(887年) - 寛平9年(897年)…… 宇多天皇
  11. 寛平9年(897年) - 延長8年(930年)…… 醍醐天皇
  12. 延長8年(930年) - 天慶9年(946年)…… 朱雀天皇
  13. 天慶9年(946年) - 康保4年(967年)…… 村上天皇
  14. 康保4年(967年) - 安和2年(969年)…… 冷泉天皇
  15. 安和2年(969年) - 永観2年(984年)…… 円融天皇
  16. 永観2年(984年) - 寛和2年(986年)…… 花山天皇
  17. 寛和2年(986年) - 寛弘8年(1011年)…… 一条天皇
  18. 寛弘8年(1011年) - 長和5年(1016年)…… 三条天皇
  19. 長和5年(1016年) - 長元9年(1036年)…… 後一条天皇
  20. 長元9年(1036年) - 寛徳2年(1045年)…… 後朱雀天皇
  21. 寛徳2年(1045年) - 治暦4年(1068年)…… 後冷泉天皇
  22. 治暦4年(1068年) - 延久4年(1072年)…… 後三条天皇
  23. 延久4年(1072年) - 応徳3年(1086年)…… 白河天皇
  24. 応徳3年(1086年) - 嘉承2年(1107年)…… 堀河天皇
  25. 嘉承2年(1107年) - 保安4年(1123年)…… 鳥羽天皇
  26. 保安4年(1123年) - 永治元年(1141年)…… 崇徳天皇
  27. 永治元年(1141年) - 久寿2年(1155年)…… 近衛天皇
  28. 久寿2年(1155年) - 保元3年(1158年)…… 後白河天皇
  29. 保元3年(1158年) - 永万元年(1165年)…… 二条天皇
  30. 永万元年(1165年) - 仁安3年(1168年)…… 六条天皇
  31. 仁安3年(1168年) - 治承4年(1180年)…… 高倉天皇
  32. 治承4年(1180年) - 文治元年(1185年)…… 安徳天皇
  33. 寿永2年(1183年) - 建久9年(1198年)…… 後鳥羽天皇


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