勲章 (日本)
本項では、日本の勲章(にほんの くんしょう)について解説する。
概要[編集]
日本における勲章は、個人の功績や業績を国家が表彰するための制度として明治以降に整備された、叙位、叙爵(1947年廃止)、叙勲及び褒章の栄典、並びに賜杯や記章などのうち、叙勲に属する章飾とされている。つまり、勲章は叙勲によって勲位などと共に与えられるものの一つである。栄誉を示すために身に着ける佩章で、賞勲局所管の法令によって定められるものには勲章の他に褒章及び記章があり、これらは総称して「勲章等」と表記される(「勲章等着用規程」(昭和39年4月28日総理府告示第16号)第1条)。
日本において勲章は、天皇の名で授与される。日本国憲法第7条7号は天皇の国事行為の一つとして「栄典を授与すること」を定め、同条を根拠に「栄典」の一つとして天皇が勲章を授与する。栄典授与の実質的決定権について日本国憲法には明文の規定がないが、日本国憲法第7条の助言と承認及び行政権の主体であることから内閣が実質的決定権を有する。
勲章制度を定める法律はなく、政令(政令とみなされる太政官布告、勅令)及び内閣府令(内閣府令とみなされる太政官達、閣令)に基づいて運用されている。なお、栄典制度・叙勲制度に関しては、いくつかの点が議論となっている(栄典制度・叙勲制度に関する論点の節を参照)。
現在22種類存在する勲章は、明治8年太政官布告第54号「勲章制定ノ件」、明治10年太政官達第97号「大勲位菊花大綬章及副章製式ノ件」、明治21年勅令第1号「宝冠章及大勲位菊花章頸飾ニ関スル件」(平成14年(2002年)改正前は明治21年1月4日勅令第1号「各種ノ勲章等級製式及ヒ大勲位菊花章頸飾ノ製式」)及び、昭和12年勅令第9号「文化勲章令」を以て定められている。
現行22種の勲章は、菊花章、桐花章、旭日章、瑞宝章、宝冠章および文化勲章に大別される。菊花章(大勲位菊花章)と桐花章(桐花大綬章)は、「旭日大綬章又は瑞宝大綬章を授与されるべき功労より優れた功労のある者」に対して特に授与することができるものとされる。旭日章、瑞宝章は「国家又は公共に対し功労のある者」に授与され、旭日章は「社会の様々な分野における功績の内容に着目し、顕著な功績を挙げた者」、瑞宝章は「国及び地方公共団体の公務又は…公共的な業務に長年にわたり従事して功労を積み重ね、成績を挙げた者」とその対象に違いが設けられている。宝冠章は「特別ノ場合婦人ノ勲労アル者」に授与すると定められ(宝冠章及大勲位菊花章頸飾ニ関スル件1条1項)、現在は外国人に対する儀礼叙勲や皇族女子に対する叙勲など特別な場合に限り運用されている。文化勲章は「文化ノ発達ニ関シ勲績卓絶ナル者」に授与される(文化勲章令、文化勲章受章候補者推薦要綱 (PDF) )。いずれも個人のみを授与の対象としており、団体・法人に授与されることはない。個人であれば、生存者であると死亡者であるとを問わない。また、日本国民であると外国人であるとをも問わない。
叙勲は、春秋叙勲、危険業務従事者叙勲、高齢者叙勲、死亡叙勲、外国人叙勲の区分がある。春秋叙勲は、年に2回、春と秋に発令される定例の叙勲である。春秋叙勲は、春は4月29日(昭和の日)、秋は11月3日(文化の日)に発令され、毎回おおむね4,000名が受章する。危険業務従事者叙勲は、警察官、自衛官、消防吏員、刑務官、海上保安官などの危険業務に従事した55歳以上の元公務員を対象として春秋叙勲と同じ日に発令され、毎回おおむね3,600名が受章する。高齢者叙勲は、春秋叙勲で受章していない功労者を対象として毎月1日に発令され、年齢満88歳に達したのを機に叙勲される。死亡叙勲は、叙勲対象となるべき者が死亡した際、随時叙勲される。外国人叙勲は、国賓等に対する儀礼的な叙勲と功労のあった外国人に対する叙勲があり、いずれも外務大臣からの推薦に基づいて行われる。なお、文化勲章は1年に1回発令され、11月3日の文化の日に、宮中において天皇から親授(直接授与)される。いずれの叙勲についても、官報の「叙位・叙勲」の項に、受章者の氏名と叙勲された勲章が掲載される(官報及び法令全書に関する内閣府令1条)。また、春秋叙勲、危険業務従事者叙勲、文化勲章の叙勲については、多くの新聞で受章者名等が報道される。
叙勲は、「勲章の授与基準」(2003年(平成15年)5月20日閣議決定)に基づいて行われる。叙勲候補者には年齢満70歳以上であることなどの形式的要件のほか、「国家又は公共に対する功労」の内容や賞罰歴などの調査が行なわれる。この調査は徹底しており、刑罰の有無(道路交通法違反、自動車の保管場所の確保等に関する法律違反による罰金刑を含む。)はもちろん、破産宣告、破産手続開始決定の有無なども市町村長に照会され、選考の資料とされる。
受章者の選考では、まず、内閣総理大臣が決定した「叙勲候補者推薦要綱」に基づいて、衆議院議長、参議院議長、国立国会図書館長、最高裁判所長官、内閣総理大臣、各省大臣、会計検査院長、人事院総裁、宮内庁長官及び内閣府に置かれる外局の長(公正取引委員会委員長、国家公安委員会委員長、金融庁長官、消費者庁長官)から、内閣総理大臣に対して、受章候補者の推薦が行われる。次に、内閣総理大臣がこの候補者を審査して、閣議決定が行われる。その後、天皇に上奏して裁可を得た上で発令される。叙勲者の多くを占めるのは、各省大臣からの推薦(省庁推薦)によるものである。なお、危険業務従事者叙勲については、別途、選考手続が定められている。このほか、2003年(平成15年)秋の叙勲より導入された一般推薦制度もある。もっとも、2008年(平成20年)秋の叙勲における一般推薦による受章者は4028人中5人と、ごく少数にとどまっている。
勲章を受章した後に「死刑、懲役又ハ無期若ハ三年以上ノ禁錮」に処せられるなど、に定められた事由が生じたときには、勲章をされる。同令では、法令により拘禁されている間は勲章を佩用できないことなども定める。
日本国憲法第14条3項後段では「栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。」とされており、勲章の世襲することはなく、できるのは授与された本人のみである。なお、本人またはその親族が受けた勲章は財産としての差押が禁じられている(民事執行法131条10号、国税徴収法75条1項9号)。また、授与された有体物としての勲章は財産権の対象として相続の対象となる。
勲章と同一又は類似の商標は商標登録することができない(商標法4条1項1号)、資格がないにもかかわらず勲章若しくは勲章に似せて作った物を用いた者は拘留又は科料に処される(軽犯罪法1条15号)など、勲章に関わる法的規制もいくつかある。
勲章制度に関する略年表。
年月日 | 事柄 | |
---|---|---|
明治4年
9月2日 |
(1871年
10月15日) |
賞牌(勲章)制度を左院に諮問。 |
1875年
(明治8年) |
4月10日 | 賞牌欽定の詔を発する。賞牌従軍牌制定ノ件(明治8年太政官布告第54号)を公布。 |
12月31日 | 10人の皇族に勲一等旭日大綬章を授与。 | |
1876年
(明治9年) |
10月12日 | 正院に賞勲事務局を設置(同年12月26日に賞勲局と改称)。 |
11月15日 | 賞牌従軍牌制定ノ件の改正を公布(勲章従軍記章制定ノ件、明治9年太政官布告第141号)。賞牌は勲章(従軍牌は従軍記章)と改称。 | |
12月27日 | 詔書により、勲一等の上位に大勲位を置く。 | |
1877年
(明治10年) |
7月25日 | 勲等年金令(旭日章年金)を制定。 |
1886年
(明治19年) |
10月25日 | 勲四等旭日小綬章の綬に円形綵花(ロゼット)を加えること(綬面圓形綵花加附)を官報で公示。 |
1888年
(明治21年) |
1月4日 | 宝冠章及大勲位菊花章頸飾ニ関スル件(明治21年勅令第1号)を公布。宝冠章と瑞宝章を新設。旭日桐花大綬章、菊花章頸飾を置く(明治21年勅令第1号)。 |
1889年
(明治22年) |
2月11日 | 大日本帝国憲法を公布。 |
1890年
(明治23年) |
2月11日 | 金鵄勲章を新設(金鵄勲章ノ等級製式及佩用式(明治23年勅令第11号) |
11月29日 | 大日本帝国憲法を施行。 | |
1894年
(明治27年) |
10月3日 | 金鵄勲章年金令(明治27年勅令第173号)を公布。 |
1896年
(明治29年) |
4月13日 | 宝冠章を5等級から8等級に改正(明治29年勅令第136号)。 |
1919年
(大正8年) |
5月21日 | 女性にも瑞宝章を授与できることとする(大正8年勅令第232号)。 |
1936年
(昭和11年) |
6月1日 | 勲記の書式改正。「日本国皇帝」を「大日本帝國天皇」、「東京帝宮」を「宮城」に改めた。 |
1937年
(昭和12年) |
2月11日 | 文化勲章令(昭和12年勅令第9号)を公布。 |
1941年
(昭和16年) |
6月28日 | 勲等年金・金鵄勲章年金を廃止。 |
1946年
(昭和21年) |
5月3日 | 生存者叙勲の停止を閣議決定。 |
11月3日 | 日本国憲法を公布。 | |
1947年
(昭和22年) |
5月3日 | 日本国憲法を施行。内閣官制の廃止等に関する政令(昭和22年政令第4号)を公布。貴族院令、公式令、金鵄勲章叙賜条令等を廃止し、位階令の一部が改正される。 |
1948年
(昭和23年) |
6月10日 | 第2回国会に栄典法案提出(衆議院で同年7月1日に可決、参議院審査未了)。 |
10月15日 | 「文化勲章授与に関する件」を閣議決定。文化の日に文化勲章を授与。 | |
1949年
(昭和24年) |
6月1日 | 賞勲局を廃止して内閣総理大臣官房賞勲部を設置。 |
1951年
(昭和26年) |
4月3日 | 文化功労者年金法(昭和26年125号)を公布。 |
1952年
(昭和27年) |
12月17日 | 第15回国会に栄典法案提出(衆議院審査未了)。 |
1953年
(昭和28年) |
9月18日 | 「生存者に対する叙勲の取扱に関する件」を閣議決定。生存者叙勲の一部を復活。 |
1955年
(昭和30年) |
1月22日 | 褒章条例改正公布(黄綬・紫綬褒章増設) |
12月13日 | 内閣に臨時栄典制度審議会設置(1956年(昭和31年)2月まで) | |
1956年
(昭和31年) |
4月10日 | 第24回国会に栄典法案提出(衆議院継続審査、第25回国会審査未了)。 |
1963年
(昭和38年) |
7月12日 | 「生存者叙勲の開始について」「勲章、記章、褒章等の授与及び伝達式例」を閣議決定。 |
1964年
(昭和39年) |
1月7日 | 「戦没者の叙位及び叙勲について」を閣議決定。 |
4月21日 | 「叙勲基準」を閣議決定(同年4月28日、勲章等着用規程告示)。 | |
4月25日 | 第1回戦没者叙勲の発令(同年4月29日、第1回生存者叙勲の発令)。 | |
7月1日 | 総理府に賞勲局を設置(内閣官房賞勲部廃止)。 | |
1967年
(昭和42年) |
1月18日 | 旧勲章年金受給者に関する特別措置法(昭和42年法律第1号)を公布。 |
1970年
(昭和45年) |
10月16日 | 「戦没者に対する賜杯について」を閣議決定。 |
1978年
(昭和53年) |
6月20日 | 「勲章及び文化勲章各受賞者の選考手続について」を閣議決定。 |
2000年
(平成12年) |
9月26日 | 内閣に栄典制度の在り方に関する懇談会設置(同年10月5日、第1回会合)。 |
2001年
(平成13年) |
1月6日 | 中央省庁再編により、賞勲局が内閣府に置かれる。 |
10月29日 | 栄典制度の在り方に関する懇談会、報告書を提出。 | |
2002年
(平成14年) |
8月7日 | 「栄典制度の改革について」を閣議決定。 |
8月12日 | 勲章従軍記章制定ノ件(勲章制定ノ件、明治8年太政官布告第54号)、褒章条例(明治14年太政官布告63号)、宝冠章及大勲位菊花章頸飾ニ関スル件(明治21年勅令第1号)の改正を公布(いずれも施行は2003年(平成15年)5月1日)。数字を用いる「勲○等」形式の勲等、勲七等・勲八等に相当する勲章を廃止。 | |
2003年
(平成15年) |
5月20日 | 「勲章の授与基準」を閣議決定。 |
11月3日 | 新制度による叙勲を発令。危険業務従事者叙勲が初めて発令される。女性に対して初めて旭日章が授与される。 | |
2011年
(平成23年) |
3月 | 東日本大震災・福島第一原子力発電所事故の影響により、春の叙勲・危険業務従事者叙勲・褒章の発令を当面延期。 |
6月 | 延期されていた春の叙勲・危険業務従事者叙勲・褒章の授与・伝達が行われる(同年4月29日付で発令)。 | |
2016年
(平成28年) |
2月 | 内閣府に「時代の変化に対応した栄典の授与に関する有識者懇談会」が設置される。以後、全4回の会合が開かれる。 |
9月16日 | 「栄典授与の中期重点方針」(平成28年9月16日閣議了解)を策定。 | |
2019年
(令和元年) |
5月21日 | 春の叙勲を発令。例年4月29日に行われる「春の叙勲」の発令を、同年5月1日の新天皇即位後に延期したため。 |