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サンデーモーニング

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サンデーモーニング』(英: SUNDAY MORNING)は、TBS系列で1987年10月4日から毎週日曜日の朝の時間帯に生放送されている関口宏が総合司会を務める報道番組。略称は「サンモニ」など。

TBS系列初の日曜朝のワイドショー番組として開始した番組で、2022年7月現在、同一司会者による報道番組では最長寿のTBS看板番組。

モノステレオ放送(2015年10月4日より)を実施。

概要・歴史[編集]

初期(1987年10月 - 1997年9月)[編集]

1987年10月4日放送開始(当時の放送時間は8:30 - 9:54、以下、JST、初期のみ一部地域では9:30まで)。1997年9月までは『関口宏のサンデーモーニング』のタイトルで、新堀俊明、北野大、ケント・ギルバート、三屋裕子、定岡正二ほかがレギュラーコメンテーターとして出演、「関口宏事務所」(現・三桂)の所属タレントが多く出演していた。

ワイドショーとして始まったが開始当初から芸能ニュースは扱っていない(ただし1993年1月放送分で貴乃花光司と宮沢りえが婚約解消になった時、マスコミの報道について取り上げていたことがある。有名人の訃報を一週間のニュースで振り返ることがある)。

現在に至るまでレギュラー・ゲスト出演者には「さん」付けをしている(当時の『ビッグモーニング』『モーニングEye』『はなまるマーケット』『情熱ワイド!ブロードキャスター』と同じ)。放送開始当初は公開番組だった。

1988年1月3日は映画『モスラ』(TBSのみ、北陸放送では関口宏司会の『豪華!スター家族対抗初春ジャンボクイズ!』(日本テレビ制作)が遅れネット)放送のため休み。

セットは、9分割されたモニターの前にドーナツ型のデスクが置かれていた。当時ワイドショーにおいてマルチスクリーンが導入されたのは画期的であった。当時はアシスタントが中継リポートをすることが多く、なかでも青函トンネル(1988年3月13日放送)や瀬戸大橋(同年4月10日放送)の開通時にはレギュラーコメンテーターも現地に赴き取材や中継を行った。

1989年6月には第6回ATP賞テレビグランプリ優秀賞を受賞、同年9月17日に放送100回を迎え、1993年7月11日に放送300回を記録し記念パーティが開かれた。

1994年4月3日からは8:00開始の2時間に枠を拡大した際にテーマ曲を変更。番組制作スタッフは当初、社会情報局のワイドショー班(当時、平日朝の同じ時間帯に放送されていた『モーニングEye』と制作部署・制作協力会社が同じ)が担当していたが、明るみに出たTBSビデオ問題により社会情報局が廃止されたため、1996年6月以降は報道局により制作されている。

1997年5月18日に放送500回を達成。

新サンデーモーニング(1997年10月 - 1998年8月)[編集]

放送開始10周年を機に、1997年10月『新サンデーモーニング』に改題し、関口以外の出演者を総入れ替えした。アシスタントに中江有里、コメンテーターには矢崎滋がレギュラーとして出演し、報道局記者や報道番組のキャスターがレポートを担当した他、声優によるナレーションを導入し、ナレーションには戸谷公次が担当した。

現行(1998年9月 - )[編集]

1998年9月に番組タイトルを『サンデーモーニング』と改めた。翌年9月からは1994年まで使用していたテーマ曲や一部BGMを復活(提供時とEDのテーマ曲アレンジ除く)させ、コメンテーターを新たに起用、三桂やセント・フォース所属のフリーアナウンサーがナレーターとして出演している。セットは和風を意識したものとなり、コメンテーター席がソファーからデスクに変更し囲炉裏まで設置された。2001年9月16日には911の直後ということもあり事件の総力特集を放送した。

それまで、同時間帯で放映していた日本テレビ『THE・サンデー』に及ばなかったが2002年以降、関東地区で15%前後の視聴率を獲得しており、2004年頃から本番組が時間帯1位を奪取し、その後も長らく保持している、例えば2004年1月11日の視聴率はこの番組が13.7%でサンデーが12.7%である。 2006年5月7日には20.5%を記録している。

「サブキャスターや番組スタッフが手を動かして(フリップを)作ったほうが、ニュースをより深く理解して、(視聴者に)伝わるものができるのではないか」との趣旨から、2006年8月からサブキャスターや学生アルバイトなどによる手作りフリップが登場している、また放送前には会食を行う。

放送前に打ち合わせを一切行わないが、関口宏 - 時代には土曜日の夜行っていた。

2011年3月11日に発生した東日本大震災を受け3月13日の放送はCM無しで急遽4時間半スペシャルを放送した。2012年以降も東日本大震災を特集した特別版を毎年3月に放送しており、震災の翌年の2012年3月11日には気仙沼から、2年目を迎えた2013年3月10日には陸前高田から、3年目を迎えた14年3月9日は関口、橋谷、岸井らが岩手県宮古市に出向いて放送が行われた。

2012年に25周年を迎えホテルオークラでパーティが開かれた。毎年熱海で合宿を行う。

2015年に「第14回放送人グランプリ」を受賞。受賞式には関口が出席し、「28年前に番組が始まった時から、中庸の精神で真ん中のつもりでやってきましたが、いつの間にか、左の方にいた番組がなくなって、一番左みたいになってしまいました。でも、最初の思いは変わっていないつもりです」と述べた。

2015年8月9日には戦後70年を特集し、長崎県稲佐山から多元中継で3時間半スペシャルが放送された(なお週刊ご意見番も行われた、50年の際の1995年8月6日は広島から式典を生中継したが放送時間は通常通りであった)。 2016年10月2日に放送1500回を達成。

2017年10月に放送開始から30年を迎え記念パーティが開かれた、12月3日時点の放送回数は1560回を数える。

番組の至る所にあるJNN各局のシンボルマーク・ジ~ンは、2000年4月の使用開始から2020年3月29日放映分まで多用されていた(当初は、セットの壁の前にジ〜ンを立体とした置き看板も置かれていた)。2022年3月27日から20年以上にわたり続いていた出演者のテロップ下部のSUNDAY MORNINGの表記が消え、スタジオセットが丸19年ぶりに一新した。

2024年3月いっぱいで、司会の関口宏が勇退し、4月から司会を膳場貴子(TBS専属契約アナウンサー)が務めると発表された。番組スタッフが日刊スポーツの取材に応えたところによると、「関口さんが80歳の節目になるので、関口さんご本人とTBSテレビとで当番組の今後について意見交換していく中で、(関口が)勇退することを決定した」としている

年末・新春スペシャルについて[編集]

1989年以降年に1回 - 2回、年末または年始に11:24 - 11:30前後まで拡大して放送されるが2015年年末以降(2016年は放送されず)は7:00開始9:54終了に繰り上げ、更に2020年以降は7:30開始に繰り上げた。1998年の年末スペシャルと1999年の新春年末はスペシャルを冠していても時間が通常通りの場合だった。

12月30日か12月31日が日曜日の場合は「年末スペシャル」に、1月2日 - 1月4日が日曜日の場合は「新春スペシャル」になるが、元日が日曜日の場合は休止となり1週間前の12月25日に年末スペシャルとして放送される。スペシャル版は第2部構成となり、

第1部は通常のタイムスケジュールで進行され、9:40(2015年以降は8:30頃)頃「風を読む」コーナー部分から第2部となり当年(または前年)をVTRで振り返り、来年(または今年)がどういう年になるかコメンテーターとともに討論する形式になる。

1991年まで平日に新春スペシャルが放送される場合『モーニングショー』(テレビ朝日)を放送している北陸放送・山陰放送・南海放送・長崎放送(1990年まで)・熊本放送(1989年)・大分放送・宮崎放送・琉球放送では9:30から1時間遅れで放送していた。

  • 1989年は元旦が元日丸ごと初中継!いきいきニッポン'89のため休止になった代わりに翌日に関口宏新春スペシャルとしてサンデーモーニング&100人に聞きましたが放送(なお翌週は昭和天皇崩御のため休止)、大晦日に激変の世界と激動の昭和史をテーマに2部に分けスペシャルを放送。
  • 1990年は元旦に新春スペシャル「21世紀の日本人」を放送し、二日連続でのスペシャルとなった、12月30日にはスペシャルを放送。
  • 1991年の1月2日にも新春スペシャル「21世紀への大激流」を放送、ここまでのスペシャルはすべて8時半からの三時間スペシャル。
  • 1992年1月5日の新春スペシャル「激動する世界とニッポン」は3元中継で8時半から2時間半で放送後いちご会シンポジウムなるボランティア同士の討論会を開催することになり3月1日に予告し4月5日に日本青年館で開催された。
  • 1993年1月3日の新春スペシャル'93は8時半から3時間。
  • 1994年1月2日の新春スペシャル'94は8時半から3時間。
  • 1995年1月3日(1月1日は駅伝のため休止)の新春スペシャル'95は8時から3時間半。
  • 1996年1月3日の新春スペシャル'96は8時から3時間半。
  • 1997年1月5日の新春スペシャル'97は香港親善大使の浅野ゆう子の中継を挟みつつ8時から3時間。
  • 1998年1月4日の新春スペシャル'98は5元生中継で10:54までの放送で8年ぶりの年末スペシャル'98は12月27日。
  • 1999年の新春スペシャル'99は1月3日に、21世紀スペシャルは12月26日に放送。
  • 2000年12月31日は『SAMBA・TV』内にてさよなら20世紀スペシャルを放送。
  • 2001年は歳末スペシャルとして12月30日に、2002年は15周年拡大版として12月29日に放送され、翌年は放送されず。
  • 2004年1月4日には5年ぶりに新春拡大版が放送され、2005年には新春年末両方放送されたが翌年も12月31日に年末スペシャルを放送。
  • 2007年は12月30日に年末SPが放送された為か翌年は放送されなかった。
  • 2009年は1月4日に新春スペシャルが放送され翌年は12月26日に年末スペシャルが放送。

2011年は、12月25日に年末スペシャル(この年は『報道の日 2011 記憶と記録そして願い』の第一部として)がオンエアされた。なお、曜日配列によっては、年末年始も休まず放送する。この2011年から、12月最終日曜日にかかる週は長時間テレソン『報道の日』が放送・開催されており、2013年までは「サンデーモーニングスペシャル」がその第1部のパートに当たっていた。

2014年12月28日はサンデーモーニングと報道の日を別番組として連続して放送された。2015年1月4日は単独で「新春スペシャル」を放送し群衆と戦後70年を特集し第52回ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞を受賞(なお1995年の新春スペシャルでは50年を特集)。

2015年度以降は前述の『報道の日』がそれまでの12月最終日曜日から12月30日の放送に変更されたため本番組とは完全に分離され、2015年のみ年内最終放送の12月27日に年末スペシャルを、2017年以降は年明け最初の放送で新春スペシャルを放送する形式に変更し12月30日 - 1月3日が日曜日にあたる年は本番組は休止するようになった。

変遷[編集]

期間 タイトル 放送時間(日本時間)
1987.10.4 1994.3.27 関口宏のサンデーモーニング 日曜 8:30 - 9:54(84分)
1994.4.3 1997.9.28 日曜 8:00 - 9:54(114分)
1997.10.5 1998.8.30 新サンデーモーニング
1998.9.6 現在 サンデーモーニング

現在の出演者[編集]

サブキャスターは水野と杉浦以外の全員、関口が代表を務める三桂所属。

総合司会・サブキャスター[編集]

総合司会
  • 関口宏(1987年10月 - )
サブキャスター(アシスタント)
  • 唐橋ユミ(元テレビユー福島アナウンサー・2004年10月3日 - <鬼頭あゆみ・用稲千春と入れ替わり>)※報道担当→「週刊御意見番」担当(同時にリポーターから津島と新任の柴田とともにサブキャスターに就任)
  • 水野真裕美(TBSアナウンサー兼人事労政局人材開発部員、2012年4月1日 - ) ※アナウンサー専業時代から出演していて、2022年4月以降はオープニングパートでのニュース(稀に杉浦)を担当し2023年4月2日からは風をよむ担当。同年7月のTBSテレビの人事異動で人事労政局人材開発部の兼務になった後も出演を続けている。
  • 杉浦みずき(セント・フォース関西所属・2020年2月2日 ‐ (伊藤友里と入れ替わり))、2023年4月以降はオープニングパートでのニュース(稀に水野(風を読むと兼任)・中西)を担当
  • 中西悠理(元岡山放送アナウンサー)(2022年4月3日 ‐ 現在)

パネリスト(コメンテーター)[編集]

パネリスト・ご意見番の氏名テロップには必ず「さん」付けを徹底している(王貞治は会長)。

レギュラー隔週コメンテーター

青木と松原はアンカー席で交代出演。

  • 松原耕二(報道1930メインキャスター、元TBS報道記者・キャスター、元TBS解説委員、元JNNニューヨーク支局長、元NEWS23Xメインキャスター)。
  • 青木理(ジャーナリスト、レギュラー就任以前にも出演した時期があった)松原のコロナ療養中は連続で出演したが復帰後は松原が連続出演した。松原の司会時はアンカーとして同時出演した。
  • 寺島実郎(多摩大学学長、日本総合研究所理事長、元早稲田大学大学院教授、元TBS番組審議委員会委員)月2(2010年5月と8月は月3)、年末・新春SPには毎回出演する。
(セミ)レギュラー
1回の放送に4名が出演(下記リストにないコメンテーターが毎回1人程度呼ばれる、コロナ前と初期は5-6、関口宏~時代は8人出演することもあった)。特別事件が起きたときはキャスターの横に特別解説ゲストが1人程度出演することもある。上記の寺島と田中・藪中の席はアンカーの反対側の席(MC関口の隣の席)で固定。
  • 田中優子(法政大学名誉教授、同大前総長):2014年3月2日まで月1、同年9月に出演後2015年4月から再び月1(8月12月は出演なし)で2016年は年7、2017年は年6、2018年は年1、2019年は年8、2020年は10月まで月1で2021年4月25日より月1出演中で2022年1月30日からは田中秀征の後を引き継いだ(なお前年5月16日と10月3日にもアンカーの反対側席に座っている)。2023年4月は月2。
  • 薮中三十二(立命館大学客員教授・元外務省事務次官)2017年11月5日以降月1出演、2023年3月26日からは姜尚中の後を引き継いだ。なお2022年5月8日にもアンカーの反対側席。
  • 目加田説子(中央大学教授、TBS番組審議委員会委員)2020年3月29日までは月1程度、以降不定期、2021年10月から再び月1出演。2022年10月16日はアンカーの反対側席。
  • 安田菜津紀(フォトジャーナリスト)2013年11月24日以降月1。
  • 浜田敬子(ビジネスインサイダージャパン編集長、前AERA編集長)2020年7月12日 - 月1出演、2021年は5月(出演なし)を除き9月まで第1週に出演(7月・8月は2回出演)、以降月1出演。
  • 元村有希子(毎日新聞論説委員)2019年9月1日以降2021年5月30日まで、以降不定期、2023年1月8日から月1。
  • 畠山澄子(ピースボート共同代表)2023年2月5日から月1。
  • 渡部カンコロンゴ清花2022年5月8日以降月1。
  • 辺真一(コリア・レポート編集長)※北朝鮮、韓国で重大な事件があった時のみ出演。
  • 小泉悠(東大講師)※ロシアで重大な事件があった時のみ出演。

新型コロナウイルスの影響による出演者の対応[編集]

2020年4月5日からはコロナ対策のために出演者間の距離を開けるためテーブルを伸長した同年4月19日放送分から新型コロナウイルス感染拡大防止に伴い、隔週交代出演の青木と松原以外のコメンテーターは、自宅又は事務所などから、モニターを通じてリモート出演をしている。6月7日放送分までは、4名がリモート出演。6月14日以降は、週によって、スタジオ出演1名、リモート出演3名、スタジオ出演2名、リモート出演2名のパターンがある。感染防止対策の仕切り板は全員に設置されている。コメンテーター、サブキャスターはモニターを挟んで着席している。2022年3月27日放送分からはスタジオセット全体が丸19年ぶりに新しくなり、各コメンテーターのパーソナルスペースが少しだけ大きめに取られるようにもなった。

週刊御意見番担当[編集]

  • 上原浩治(日刊スポーツ評論家。以前から助っ人枠で出演していたが、2022年1月9日より張本の後任としてレギュラー御意見番に就任)。
しかし2022年4月以降月1で出演しないため、以下のように毎月代役が用意される、なお2022年4月と11月、2023年2月と3月はそれぞれ10日と20日、5日を除き全休。
2022年4月3日・5月29日・7月3日・10月23日・2023年2月12日・3月19日:中畑清 - 落合博満
2022年4月17日:原辰徳 - 槙原寛己
2022年4月24日:佐々木主浩 - 谷亮子
2022年6月19日:佐々木主浩 - 野口みずき
7月24日は助っ人無しで助っ人席には唐橋が座り、8月・9月は皆勤だったが以降は再び月3ペースとなった。
2022年10月30日:佐々木主浩 - 鳥谷敬
2022年11月6日:新井貴浩 - 糸井嘉男
2022年11月13日:槙原寛己 - 内川聖一
2022年11月27日:江川卓 - 闘莉王
2022年12月4日:佐々木主浩 - 闘莉王
2023年1月8日:張本勲 - 王貞治
2023年2月19日:岩村明憲 - 小椋久美
2023年2月26日:佐々木主浩 - 岡崎朋美
2023年3月12日:原辰徳 - 江川卓
2023年3月26日:槙原寛己 - 佐々木主浩
2023年4月2日:張本勲 - 金本知憲
  • 中西哲生(スポーツジャーナリスト、川崎フロンターレ特命大使)
    • 2000年頃から、週刊御意見番のコーナーではサッカーに関するコメントを行う(2015年8月9日は張本の隣で唐橋とともに長崎の関口と週刊御意見番を行った)。2022年12月4日に久しぶりにパネリスト出演し同11日にはご意見番として出演。
  • タケ小山(プロゴルファー)
    • 2009年1月からゴルフに関するニュースを取りあげる回のみ出演。「屋根裏のプロゴルファー」として副調整室からゴルフ解説に登場。

過去の出演者[編集]

キャスター・リポーター[編集]

◎の人物は、TBS→TBSテレビの現職アナウンサーとして担当。

○の人物は、高校や大学に在籍しながら出演。

●の人物は、関口宏事務所→三桂に所属しながら出演。

◆の人物は、セント・フォースや系列の事務所(スプラウトなど)に所属しながら出演。1993年8月2日の東京新聞でも特集された。

MC
  • 中江有里(1997年10月 - 1998年8月、女優・歌手・小説家、TBS番組審議委員会副委員長、皇位継承のあり方有識者会議メンバー、日本文藝家協会評議委員、文化庁文化審議会委員、放送大学放送番組委員会委員)
サブキャスター

1997年9月まで関口宏は女性キャスター・リポーターを「浜尾くん」などと呼んでいた。2023年10月現在は「水野さん」などと呼んでいる。1997年9月まで一部の女性キャスターは中継リポーターを兼務していた。

  • 橋谷能理子(1989年10月 - 1996年頃(産休で一旦卒業)、2000年4月 - 2023年3月26日 <斎藤英津子と同じく2期メンバーとして復帰。その後すぐサブリーダーに昇格し現在に至る>)長年冒頭と「風をよむ」を兼任していたが、2022年4月からは「風をよむ」のみを担当)。
  • 山中陽菜○◆(2020年2月9日 ‐ 2020年4月19日)※慶応義塾大学への在学中に、スプラウト所属の学生キャスターとして出演。卒業後の2022年4月1日付で、アナウンサーとしてミヤギテレビ(日本テレビの系列局)へ入社した。
  • 伊藤友里◆(セント・フォース所属のタレント、2014年4月6日 - 2020年1月26日)
  • 佐藤渚◎(2011年4月 - 2012年3月)※後任は水野真裕美
  • 滝本沙奈◆(セント・フォース所属のフリーアナウンサー、2009年7月5日 - 2014年3月、2010年1月3日はインフルエンザで休み)※後任は伊藤友里
  • 柴田奈津子◆(元岡山放送アナウンサー、2008年10月 - 2011年3月)※担当期間中はセント・フォースに所属
  • 津島亜由子◆(セント・フォース所属のフリーアナウンサー、2004年10月3日 - 2009年6月28日)
  • 用稲千春◆(2001年4月 - 2004年9月26日)※担当期間中はセント・フォースに所属
  • 斎藤英津子○●(1989年 - 1993年3月28日、2000年4月 - 2001年6月)※初期は早稲田大学への在学中に「学生リポーター」として出演。卒業後も三桂所属のフリーアナウンサーとして活躍していた。
  • 畑杏子◎(1997年 - 1999年3月)※TBSへの入社2年目から担当。降板後に結婚したため、結婚後は新姓の「長岡杏子」名義で他番組に出演していたが、2020年7月にTBSグループの人事異動でアナウンス職を離れた。
  • 香川恵美子◎(1997年10月 - 1998年)スポーツ担当
  • 中井亜希(元NHKアナウンサー、1997年10月 - 1998年)※NHKからの退職当初にTBSとの間で専属契約を結んでいた関係で、当時平日に放送されていた『おはようクジラ』のアシスタントと兼務。
  • 岩田あゆみ●(1990年9月16日 - 1997年)
  • 浜尾朱美(1987年10月 - 1989年9月)※降板後の1989年10月から、『筑紫哲也ニュース23』の初代サブキャスターを担当。
  • 本村由紀子(1993年5月2日 - 1994年3月)
  • 広重玲子○(1993年5月2日 - 1994年3月)※早稲田大学への在学中に、「学生リポーター」として出演していた。卒業後にアナウンサーとしてTBSへ入社。TBSテレビへの自動転籍を経て、2009年7月の人事異動でアナウンス職を離れてからも同局に勤務している。
  • 沼田真理子○※京都大学への在学中に、「学生リポーター」として出演。卒業後は「黒澤摩璃子」という名義で、作曲家として活動している。
  • 中谷久美子○●
  • 伊藤聡子○●(1989年 - 1993年9月26日)※東京女子大学への在学中に「学生リポーター」として出演したことを皮切りに、卒業後も三桂所属のフリーアナウンサーとしてキャスターを務めていた。降板後も、TBSテレビ制作の『ベストタイム』や『ひるおび』にレギュラーで出演。
  • 高橋真理●(1987年10月 - 1993年3月28日)
  • 藤岡久美子●(1987年10月 - 1991年3月31日)※明治学院大学からの卒業後に、リポーターとして出演。降板後も、『テレビのツボ』、『宵待5』のアシスタントなどを務めてた。降板後はテレビ朝日『森田健作の熱血テレビ』のアシスタントを務めていた。
  • 宮田佳代子○●(1987年10月 - 1990年3月25日)※日本大学への在学中に、「学生リポーター」として出演していた。卒業後も、三桂所属のフリーアナウンサーとして活動
  • 小林紀子○●(1989年 - 1992年3月29日、1993年4月4日 - 1997年)※日本女子大学への在学中に「学生リポーター」として出演。卒業後も三桂所属のフリーアナウンサーとして活躍。
  • 中野千英(1994年10月 - 1997年)
  • 高木希世子○●(1987年10月 - 1996年9月29日)※立教大学への在学中に、「学生リポーター」として出演。卒業後も三桂所属のフリーアナウンサーとして、『知ってるつもり?!』(毎週日曜日の21時台に日本テレビ系列で放送されていた関口司会の教養番組)のアシスタントなどを務めていた。
  • 中島多圭子(1994年10月 - 1996年)
  • 中山美香○( - 1997年)※武南高校への在学中に、「学生リポーター」として出演していた。武蔵大学からの卒業後に、テレビ愛知のアナウンサーを経てフリーアナウンサーへ転身。
  • 宮本ひとみ(1994年4月 - 1994年9月)
  • 標あかね(1993年5月2日 - 1994年3月)
  • 栗原由佳○◆(1996年10月 - 1997年9月)※上智大学への在学中に学生リポーターとして出演。卒業後はセント・フォースのフリーアナウンサーとして、『JNNスポーツ&ニュース』のキャスターを務めた。
  • 内藤聡子●(1997年4月 - 降板時期不明)※法政大学3年時の1995年度に『ニュースステーション』(テレビ朝日)の気象キャスターを務めていたことを踏まえて、卒業後に三桂へ在籍しながらリポーターとして出演していた。降板後は、フリーアナウンサーとして活動する一方で、2000年に気象予報士の資格を取得。
  • 戸野本優子(1996年4月 - 1996年9月)
  • 鬼頭あゆみ●(2003年2月 - 2004年9月26日))
  • 今山佳奈◆(2002年10月 - 2008年9月))※セント・フォースに所属しながら、「週刊御意見番」の進行を担当。
  • 城向あかり(1999年9月 - 2002年9月))
  • 佐藤まり江(1999年9月 - 2002年9月))
  • 川村美絵子◆(1999年9月 - 2002年9月)※セント・フォースに所属しながら、「週刊御意見番」の進行を担当
  • 村瀬美希○(1999年9月 - 2000年7月)※武蔵野大学への在学中に、「学生リポーター」として出演していた。卒業後はフリーアナウンサーとして活動。
  • 森麻季(1999年9月 - 2000年7月)※青山学院大学への在学中に、「学生リポーター」を経て、「週刊御意見番」の初代進行キャスターを務めた。卒業後は、日本テレビのアナウンサーを経てフリーアナウンサーに転身。
リポーター
  • 杉尾秀哉(1997年10月 - 1998年8月)※『JNNニュースの森』のメインキャスターからTBS報道局のデスクへ異動した時期にリポーターを務めていた。降板後にJNNワシントン支局長・『JNNニュースの森』メインキャスター・報道局の専門解説委員などを経て、TBSテレビ退社後の2016年から民主党→立憲民主党所属の参議院議員として活動。
  • 伊藤隆太(TBSアナウンサー、1997年10月 - 1999年8月)

パネリスト(コメンテーター)[編集]

レギュラーコメンテーター
  • 岸井成格(キャスター・NEWS23アンカー・政治評論家・元毎日新聞主筆・同論説委員長、初登場時は政治部長)1994年4月3日 - 2007年11月11日、2008年2月24日 - 2017年9月10日、2017年10月8日 - 2017年12月3日。2018年5月15日死去。2017年10月8日以降は帽子をかぶって出演していた。
    • 過去には2007年11月18日以降欠席し、12月2日にがんであることをメッセージで公表していた。
    • 2017年12月10日以降、コメンテーターの末席に座っていた岸井の席には、現在は、松原耕二や青木理(ジャーナリスト)らコメンテーターが週替わりで座っている。
    • 最後の出演以降も2018年4月末まではレギュラーパネリストとして名前が残されていたものの、5月にはクレジットから削除され、死去直後にお悔やみが掲載された。
    • 過去には 与良正男(毎日新聞論説委員、2007年12月02日 - 2008年02月17日、2017年3月12日、2017年3月26日)や 後藤謙次(政治コラムニスト・キャスター、2008年10月5日)に加え、後に後任となる松原(2017年8月13日、2017年9月17日、2017年10月1日)や青木(2017年3月19日、2017年9月24日)が岸井の代役アンカーとして出演していた時期もある。
    • なお、2018年5月20日の風をよむで岸井が追悼特集された際には与良がアンカーを務め、この日はスタジオに岸井のパネルが飾られた。
  • 新堀俊明(TBS解説委員)1987年10月4日 - 1997年、2018年3月18日死去。初回からレギュラー出演しており、2018年3月25日放送で死去が公表された。一貫して旧セットの右端の席に座っていた。

下記は(セミ)レギュラーで出演していたものを順不同で列挙する。

  • 浅井信雄(国際政治学者、読売新聞ワシントン支局長、中東調査会理事) 1991年1月27日~2014年9月28日 湾岸戦争の特集で初出演、2013年3月までは月2(2月は月1)で日曜が5回ある月は月3(河野洋平出演月と寺島が月3で出た2010年5月・8月を除く)、それ以降は月1出演で席はアンカーの反対側席で固定。 2015年3月6日死去、同年3月15日放送で死去の事実が公にされ追悼された。
  • 田中秀征(元経済企画庁長官、元首相補佐官、元衆議院議員、新党さきがけ代表代行、元学習院大学教授、福山大学客員教授)2012年7月1日(10月と翌4月は出演なし、これ以前にも長年年数回出演)- 2021年12月19日まで月1で日曜が5回ある月は2017年7月から2019年6月まで月2、2013年5月19日からはアンカーの反対側席で固定(同年2月17日にも同席)で以前は浅井寺島の横だった。
  • 姜尚中(政治学者、東大名誉教授、元聖学院大学学長、鎮西学院大学長)2014年11月2日 - 2023年2月19日までアンカーの反対側席で月1出演、2015、2017年の新春SPでは寺島と同時に出演し寺島の横に座った。
  • 谷口真由美(法学者・部落解放・人権研究所理事・大阪大学非常勤講師・日本ラグビーフットボール協会元理事。週刊ご意見番のコーナーではラグビーに関するコメントを行う)2015年3月15日から2023年1月15日まで月1。大阪府知事選立候補に伴い降板。
  • 平原依文(PEACE DAY財団理事)2022年2月27日から7月10日まで月1。
  • 涌井雅之(造園家、東京都市大学教授) - 2021年12月19日まで、月1程度、2014年10月26日以降日曜が5回ある月は2017年4月までと2020年8月23日と11月15日にアンカーの反対側席。
  • 大宅映子(ジャーナリスト、日本年金機構理事) - 2021年12月12日まで、月1程度。
  • 佐高信(評論家、元週刊金曜日発行人、現代ビジョン元編集長)2009年3月8日まで月1(2008年12月と翌2月は出演なし)、2010年7月18日以降不定期に2020年8月16日まで、新サンデー - 時代も出演。
  • 幸田真音(作家、NHK経営委員、JT取締役、LIXILグループ取締役、日本取引所グループ取締役、三菱自動車工業取締役)2014年までは月1程度、2018年までは年8前後、2019年は隔月、以降不定期に2020年6月28日まで
  • 岡本行夫(外交評論家・立命館大学客員教授・元内閣総理大臣補佐官、元内閣官房参与、元外務省安全保障課長)2016年6月19日 - 2020年3月22日まで月1程度出演(2019年11月と20年1月は出演なし)。2020年4月24日死去。4月10日にも出演予定だった。
  • 西崎文子(東京大学教授)2008年11月9日 - 2019年7月14日まで月1程度出演、それ以降は不定期に2020年3月15日まで
  • 大崎麻子(関西学院大学教授)2012年9月16日 - 2018年12月23日まで月1(2013年8月と2016年2月は月2、2016年5月と2017年11月、2018年2月は出演なし)
  • 古田大輔(BuzzFeedJapan 創刊編集長)2017年4月2日 - 2018年8月19日。
  • 浅井慎平(写真家、中京独立戦略本部本部員、大阪芸術大学大学院教授)2017年12月24日まで月1出演。
  • 金子勝(慶応大学教授)2014年1月26日まで月1、以降不定期に2015年10月11日まで(2010年、2011年2月及び2011年 - 2013年12月、2013年10月は出演なし、稀に月2で出演することもあった)
  • 江川紹子(ジャーナリスト) - 2010年6月20日放送分をもって降板、月1程度出演。
  • 白井貴子(歌手)2000年4月2日まで月1 - 月2程度出演
  • 野村克也(監督時に出演、優勝時は選手とともに出演したりキャンプ時は番組で密着取材を行った) - 1999年
  • 舛添要一(前東京都知事)
  • 北野大(明治大学教授、OECD専門委員)(1987年 - 1997年)
  • ケント・ギルバート(1987年 - 1997年)
  • ケント・デリカット
  • 三屋裕子(1987年 - 1997年)
  • 輪島大士(大相撲の解説を担当)2018年10月8日死去
  • 衣笠祥雄(主にプロ野球の解説を担当)2018年4月23日死去
  • 田淵幸一(主にプロ野球の解説を担当)
  • 前田武彦『朝のホットライン』より異動

週刊御意見番[編集]

  • 大沢啓二(日本ハムファイターズ元監督及び球団取締役、日本プロ野球OBクラブ理事長) 1999年 - 2010年9月19日まで、2010年9月26日と10月3日は休演。10月3日に本人からの手紙を関口が紹介し、その中で「体調不良」を明らかにしていたが、10月7日に死去した。死去直後の2010年10月10日にはキャスター・コメンテーター一同が喪服だった。
  • 張本勲(スポーツニッポン評論家。かつてはTBS解説者、日拓ホームフライヤーズヘッドコーチ) 2000年 - 2021年12月26日
    • 張本のコメントは、ほぼ毎週、一部スポーツ新聞のネットニュースで掲載される。
    • 稀に講演会や野球教室への出演の都合で、出張先からのバーチャル映像中継出演(安住紳一郎と2019年上半期のTBSで初登場の2000年10月29日から2019年6月2日までの推移を特集された。)となることもある。
    • スポーツコーナーのみの出演なのでコーナーが終わるとスタジオから退席する(2004年11月28日は例外的に次のコーナーにも出演)が、出演者と交友が無いわけではなく2017年7月20日には生前の岸井とともに都市対抗野球を観戦している。
    • 東日本大震災の特集のため3月13日と3月20日、及び考・震災スペシャルが放送された6月12日、震災から5年を特集した2016年3月6日はコーナー休止のため出演なし
    • 2020年4月19日放送分から自宅からのリモート出演(この為スタジオ登場時のBGMはない)をしていたが、翌年の10月24日以降はスタジオ出演している。
    • 2021年10月17日・11月7日放送分は野球教室に参加のため欠席。代役として10月17日は東尾修(スポーツニッポン評論家・文化放送解説者。元西武ライオンズ監督)がリモート出演、11月7日は上原浩治(日刊スポーツ評論家)がスタジオ出演した。
    • 2021年11月28日の放送にて、同年内でレギュラー出演を勇退する旨を発表した。一方で、勇退後のゲスト出演の可能性については含みを残している。
    • 12月26日にイチロー、白鵬、三浦知良に餞の言葉を贈られた後王貞治に送り出された。
    • 2022年3月27日に勇退後、初のゲスト出演をした、8月7日にも再び出演している。


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