ガラス
ガラス(蘭: glas、英: glass)または硝子(がらす、しょうし)という語は、物質の特定の状態を指す場合と、物質の特定の種類を指す場合がある。古称として、玻璃(はり)、瑠璃(るり)ともいう。
- 昇温によりガラス転移現象を示す非晶質固体。そのような物質。このような固体状態をガラス状態と言う。結晶と同程度の大きな剛性を持ち、粘性は極端に高い。非晶質でもゴム状態のように柔らかいものはガラスとは呼ばない。詳しくは「ガラス転移点」を参照のこと。
- 古代から知られてきたケイ酸塩を主成分とする硬く透明な物質。グラス、玻璃(はり)、硝子(しょうし)とも呼ばれる。「硝子」と書いて「ガラス」と読ませる事もよくある。化学的にはガラス状態となるケイ酸化合物(ケイ酸塩鉱物)である。他の化学成分を主成分とするガラスから区別したい場合はケイ酸ガラスまたはケイ酸塩ガラスと言う。いわゆる「普通のガラス」であるソーダ石灰ガラスのほか、ホウケイ酸ガラスや石英ガラスも含まれる。本項目ではこの物質について主に記述する。
- ケイ酸塩以外を主成分とする、ガラス状態となる物質。ケイ酸ガラスと区別するために物質名を付けて○○ガラスと呼んだりガラス質物質と呼んだりする。アクリルガラス、カルコゲン化物ガラス、金属ガラス、有機ガラスなど。
- 板状のガラスは一般に板ガラスと呼ばれる。
語源的にはケイ酸塩ガラスのような固体状態を取る他の物質もガラスと呼ぶようになったものである。日本語のガラスの元になったオランダ語glasの発音は、英語のglass同様グラスに近いが(近いカタカナ表記は「フラス」。オランダ語のgはのどを震わせる発音。英語・ドイツ語とは異なる)、日本語化した時期が古いため、転訛して「ガラス」となった。日本語での「グラス」は多くの場合はコップの意味になる。
ガラスには多くの種類があるが、その多くは可視光線に対して透明であり、硬くて薬品にも侵されにくく、表面が滑らかで汚れを落としやすい。このような特性を利用して、窓ガラスや鏡、レンズ、食器(グラス)など市民生活及び産業分野において広く利用されている。近代以前でも装飾品や食器に広く利用されていた。また金属表面にガラス質の膜を作った「琺瑯(ほうろう)」も近代以前から知られてきた。
ガラスの表面に細かな凹凸を付けた磨りガラスや内部に細かな多数の空孔を持つ多孔質ガラスは、散乱のために不透明である。遷移金属や重金属の不純物を含むガラスは着色するものがあり、色ガラスと呼ばれる。
2002年(平成14年)の統計によれば日本だけでも建築用に3900億円、車両用に1700億円、生活用品に3000億円、電気製品等に8300億円分も出荷されている。
組成・構造[編集]
ガラスそのものに着色する方法は、金属イオンや非金属イオン、コロイドなどを溶かしたガラスに添加することによって行う。添加物と発色する色の対応は以下の通り。
- 酸化鉄(II) - 緑。ワインボトルによく使われる。ちなみに、ソーダ石灰ガラスは不純物の鉄化合物を除去しきれないため本来は緑色をしており、他の発色材を混ぜて透明に見せかけている事がほとんどである。
- 硫黄 - 茶色。塩化鉄と炭素(還元剤)を混ぜて使用する。ホウ素濃度が高いホウケイ酸ガラスでは青色になる。カルシウムと共に添加すると深い黄色になる。
- マンガン - 黒。ソーダ石灰ガラスの緑色を取り除く添加物である。但し、時間経過と共にマンガンは過マンガン酸ナトリウムへ変化するため退色する。
- 過マンガン酸ナトリウム - 暗い紫。
- コバルト(0.025 から 0.1%) - 深い青。炭酸カリウムと併用することが多い。コバルトガラスを参照。脱色のために非常に微量を添加することがある。
- 銅 - 化合物を使用して2から3%の添加率の場合はトルコ石色。純銅の場合は青や緑、暗い赤になる。
- ニッケル - 添加率によって青やヴァイオレット、黒になる。コバルトと共にクリスタルガラスの脱色に使用することがある。
- クロム - 暗い緑色。添加率が高いと黒。
- 硫化カドミウム - 黄色。
- 硫セレン化カドミウム - 明るい赤からオレンジ。
- チタン - 黄色っぽい茶色。他の発色材の補助として使われる事が多い。
- ウラン - 黄色。紫外線を黄緑色に変換する。ウランガラスを参照。
- セリウム - 紫外線フィルターに使用。
- ネオジム,ホルミウム - それぞれ固有の波長を吸収するため、分光光度計の波長校正用光学フィルターに用いる。
- セレン - 赤。硫化カドミウムと共に添加した物は「セレニウムルビー」と呼ばれる鮮やかな赤になる。
- 金 - 明るい赤。赤の発色材としては最もよく用いられる。クリスタルガラスではスズを添加して使用される。
- 銀 - 黄色から赤の間の色。化合物や温度によって変化する。Photochromic lensやPhotosensitive glassは銀を使っている。
- 酸化スズ - アンチモンと砒素を含有する場合は乳白色(en:Milk glass)。
他にはフッ化カルシウム、フッ化ナトリウム、リン酸カルシウムが乳白色。
ガラスの成形技法[編集]
- ミルフィオリ - 金太郎飴のような模様をつけたガラス棒を切って並べて模様を作る技法
- コアガラス(Core‐formed Glass) - ヘレニズム時代にみられる粘土などのコアをもとに完成後コアを出すことでガラス容器を作った。不透明で小型の物しか作れなかったため廃れた。
- ガラス切り(英語版)
- 吹きガラス
- ガラスエングレービング、カットグラス(英語版) ‐ ギヤマン彫など
- エナメルド・ガラス(英語版)
- ショット・ブラスト(サンドブラスト)
- レーザー加工機
- ケイム・ガラスワーク(英語版)(鉛線細工、ステンドグラス)
物性[編集]
- 熱力学におけるガラス状態
- ガラスは液体状態を凍結したような状態(粘度が極端に高くなった状態とも言える)であり、それは準安定状態にあると言える。従って、ガラスは熱力学的には非平衡な状態であり、非常に長時間を経過するとガラスは安定状態である結晶化すると考えられるが、それに対しては異論もある。また、ガラスは過冷却およびガラス転移により粘度が非常に高くなった液体であるという捉え方もある。なお、例えば古い建物の窓ガラスは、それが理由で上部のガラスが下の方に垂れたような形になっているとされたこともあったが、計算によれば千年くらいではとてもそのような差は起きず、実際はガラスの製法によるもので、建設当初からそのような垂れた形になっていたことがわかった。また、同じくガラス化している約2000万年前の琥珀を用いた実験では、2000万年間の密度変化は2.1%にすぎず、数千万年の時間では分子構造がほとんど変化しない事が分かっている。
- 物理的性質
密度は水の2倍半程度、2.4-2.6g/cm3であるが、鉛を用いたフリントガラスでは同6.3に達する。金属ではアルミニウムが2.7、鉄が7.9であるから、フリントガラスは金属なみの密度であることになる。逆に金属元素を含まない石英ガラスは同2.2である。
引っ張り強さに関しては0.3-0.9×108Paである。これは鋼鉄の1/10ではあるが、ナイロンや革ベルト、木材と同程度である。
常温では電気抵抗はきわめて高く、絶縁に用いられることもある。内部抵抗率は109から1016 Ωm、湿度50-60%時における表面抵抗率は1010から1012 Ω/m。これはゴムやセラミックスと同程度である。ただし、流動点に近い温度では電気抵抗がきわめて低くなる。
刃物として用いる場合、非晶質であるため理論上は刃の先端径を0にできる(金属などの結晶体はどうしても結晶の大きさ分の径が残ってしまう)ため、鋭利な刃を作ることが可能である。その刃先は研磨によってではなく割れた断面に生じるが、金属より弾性・靭性が乏しいためナイフ・包丁などといった一般的な実用刃物としてはあまり適さない(欠け・割れが生じやすい)。しかし生体組織を顕微鏡で観察する際、樹脂で固めた組織を薄くスライスするカッター(ミクロトーム)として用いられることがある。
- 化学的性質
化学的には、酸(フッ化水素など、一部のフッ素化合物を除く)には強いがSi-O-Si結合がOH(水酸基)により切断されH2SiO−
3やNa2SiO−
3として溶解するためアルカリに弱い。たとえばガラス瓶に濃厚な水酸化ナトリウムを入れて長期間おくと、徐々にガラス壁が侵されスリガラス状となる。
- 不規則網目構造説と微結晶説
- ガラスの構造については2つの説があり、現在でも論争がある。不規則網目構造説では原子配列が結晶のように規則的でなく、不規則になっているという説である。この説はZachariasenによって提唱され、Warren、Sunを始め多数のガラス研究者によって支持され、現在に至っている。それに対し微結晶説は、ガラスは大きさ20Å以下の微結晶から成るとする説である。この説はRandallによって提唱され、Porai-Koshitsによって修正されたもので、ガラスの中で微結晶は非晶質のマトリックスによって繋がれているというものである。
- ガラス形成無機物の分類
- ガラスの原料は、多くの場合は酸化物であるか高温で酸化物となるものである。
Rawsonによれば、無機物質は以下の3つに分類できる。
- 単独でガラス化するもの(Conventional Glass Former, CGF)。
- 例:SiO2,B2O3,P2O5,GeO2,BeF2,As2S3,SiSe2,GeS2
- 単独でのガラス化は困難であるが多成分とすることによりガラス化するもの(Non-conventional Glass Former, NCGF)。
- 例:TiO2,TeO2,Al2O3,Bi2O3,V2O5,Sb2O5,PbO,CuO,ZrF4,AlF3,InF3,ZnCl2,ZnBr2
- まったくガラス化しないもの(Modifier, MOD)。
- 例:Li2O,Na2O,K2O,MgO,BaO,CaO,SrO,LiCl,BaCl,BaF2,LaF3
ガラスとアモルファスはほぼ同義のものとして捉えてよい場合が多いが、ガラス転移点が明確に存在しない場合をアモルファスと定義するような場合(分野)もある。ガラス転移とは主緩和の緩和時間が100s〜1000sの温度で起こる。
ガラスと同じ構造、すなわちガラス化する物質は珍しくない。ヒ素やイオウなどは単体でガラス化する。酸化物ではホウ酸 (B2O5)、リン酸 (P2O5) などが二酸化ケイ素の代わりに骨格となってガラスを形成する。ホウ酸塩ガラスは工業的に重要である。例えばパイレックスガラスは重量比で12%のホウ酸を含む。
- Zachariasen
- Zachariasenはガラスを形成するために満たすべき条件を提案した。
ガラスの作り方[編集]
溶融法[編集]
溶融法は、固体の原料を高温で加熱することで溶かして液体状態にした後、冷却してガラスにする方法である。ただし液体状態から結晶化が起こらないような十分に速い速度で冷却しなければならない。溶融法はガラスの製法としては最も一般的なもので、大部分のガラスはこの方法によって合成されている。使用済みのガラス製品を破砕して原料(カレット)として再利用することもできる。
気相法[編集]
気相法は、固体を物理的に蒸発させて薄膜や微粒子を得るPVD法と、気体原料から化学反応によって薄膜や微粒子・バルクを得るCVD法に分類できる。
PVD法では、真空蒸着やスパッタリングが知られている。真空蒸着は、蒸着する物質を減圧下で加熱気化し、基板にコートする方法である。スパッタリングは減圧下で電極間で放電させ、放電によってイオン化されたガスとターゲットとの衝突によって叩きだされた物質を基板にコートする方法である。
CVD法により得られるバルク体のガラスで最も大量に製造されているのは、光ファイバー用シリコンガラスである。光ファイバーの製造法には、MCVD(modified CVD)法、OVD(outside vapor deposition)、VAD法(vapor-phase axial deposition method, 気相軸付け法)など様々な方法がある。VAD法では、気体のSiCl4を加熱基板上で反応させて酸化物を堆積し、焼結してガラス化する。
ゾル・ゲル法[編集]
ゾル-ゲル法では、例えばテトラエトキシシラン (Si(OCH2CH3)4) などの金属アルコキシドを加水分解し縮重合させてゾルとし、水分を除いて生じたゲルを焼結してガラス化する。
ガラスは図に示すように原子の並びが不規則な非晶質である。結晶では固体の中の結晶界面で光が散乱したり方向により光学特性や力学特性が異なったりするが、ガラスは非晶質なので全体が均一で透明であり、特定方向にだけ割れやすいということもない。
ガラスの歴史[編集]
もともとは植物の灰の中の炭酸カリウムを砂の二酸化ケイ素と融解して得られたので、カリガラスが主体であった。灰を集めて炭酸カリウムを抽出するのに大変な労力を要したのでガラスは貴重なものであり、教会の窓、王侯貴族の食器ぐらいしか用いられたものはなかった。産業革命中期以降、炭酸ナトリウムから作るソーダ石灰ガラスが主流になった。炭酸ナトリウムはソルベー法により効率よく作られるようになったが、現在は天然品(トロナ)を材料に用いることもある。天然の炭酸ナトリウム産地としては米国ワイオミング州グリーン・リバーが一大産地であり、世界中の天然品需要の大半をまかなっている。埋蔵量は5万年分あるとされている。
ガラス製造の開始[編集]
ガラスの歴史は古く、紀元前4000年より前の古代メソポタミアで作られたガラスビーズが起源とされている。これは二酸化ケイ素(シリカ)の表面を融かして作製したもので、当時はガラスそれ自体を材料として用いていたのではなく、陶磁器などの製造と関連しながら用いられていたと考えられている。原料の砂に混じった金属不純物などのために不透明で青緑色に着色したものが多数出土している。
なお、黒曜石など天然ガラスの利用はさらに歴史をさかのぼる。黒曜石は火山から噴き出した溶岩がガラス状に固まったもので、石器時代から石包丁や矢じりとして利用されてきた。黒曜石は青銅器発明以前において最も鋭利な刃物を作ることのできる物質であったため、交易品として珍重され、産出地域から遠く離れた地域で出土することが珍しくない。青銅器が発明されなかった文明や、発明されても装飾品としての利用にとどまったメソアメリカ文明やインカ文明においては、黒曜石は刃物の材料として重要であり続け、黒曜石を挟んだ木剣や石槍が武装の中心であった。
古代ガラスは砂、珪石、ソーダ灰、石灰などの原料を摂氏1,200度以上の高温で溶融し、冷却・固化するというプロセスで製造されていた。ガラス製造には大量の燃料が必要なため、ガラス工房は森に置かれ、燃料を木に頼っていた。そのため、その森の木を燃やし尽くしたら次の森を探すというように、ガラス工房は各地の森を転々と移動していたのである。ガラス工場が定在するようになったのは石炭と石油が利用されるようになってからである。
エジプトや西アジアでは紀元前2000年代までに、一部の植物灰や天然炭酸ソーダとともにシリカを熱すると融点が下がることが明らかになり、これを利用して焼結ではなく溶融によるガラスの加工が可能になった。これが鋳造ガラスの始まりである。紀元前1550年ごろにはエジプトで粘土の型に流し込んで器を作るコア法によって最初のガラスの器が作られ、特にエジプトでは様々な技法の作品が作製され、西アジアへ製法が広まった。
新アッシリアのニムルドでは象嵌のガラス板数百点が出土している。年代の確実なものとしては、サルゴン2世(紀元前722年~紀元前705年)の銘入りの壷がある。アケメネス朝ペルシアでは、新アッシリアの技法を継承したガラス容器が作られた。紀元前4世紀から同1世紀のエジプトでは王家の要求によって高度な技法のガラスが作られ、ヘレニズム文化を代表する工芸品の一つとなった。
中国大陸では紀元前5世紀には鉛ガラスを主体とするガラス製品や印章が製作されていた。