移動更衣室
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移動更衣室(いどうこういしつ、bathing machine)は、イギリスその他の海浜で利使用された、車輪付きで移動可能な、海水浴のための更衣室である。18世紀から20世紀初頭にかけて用いられ、そのなかで利使用者は普段着から水着に着替え、そしてビーチを歩いた。移動更衣車は、車輪をつかって海の中に入れられた、屋根でおおわれ、壁で囲まれた、木製のカートであった。木壁で囲まれたものもあれば、木枠にキャンバスを張ったものもあったが、複数の側面には壁があり、それぞれの端にはカーテンのついたドアがついていることは共通していた。
海水浴のエチケットの一部として移動更衣車を利使用することは、男性に対してよりも、女性に対して、厳しく強いられたが、それは、お上品に(respectably)ふるまいたいと願う男女両性のあいだで観察された[1]。
とくにイギリスにおいては、通例、男らと女らは隔離されていたために、異性の人々は、水浴着姿の彼らを見てはならず、それは(現代の基準では極端に慎み深く上品(modest)であるけれども)公然と見られ得るきちんとした服装(proper clothing)とは考えられていなかった。
利使用[編集]
1805年に、ケント、マーゲイトで利使用中の移動更衣室は、以下のように記述された、
四輪の馬車で、キャンバスの幌があり、一端には同材の雨傘があり、それが水面まで下ろされ、水浴者は移動更衣車から数段で降りるときは公衆の視線から隠され、それにより、たいへん上品な女性は、もっとも厳格な潔癖さをもって海の利点を享受することができる(four-wheeled carriages, covered with canvas, and having at one end of them an umbrella of the same materials which is let down to the surface of the water, so that the bather descending from the machine by a few steps is concealed from the public view, whereby the most refined female is enabled to enjoy the advantages of the sea with the strictest delicacy.)。 — Walley Chamberlain Oulton、[2]
人々は、街着姿でビーチにある移動更衣室の小室の中に入った。彼らは、移動更衣室内で水浴着に更衣したが、ただし男性は1860年代まで裸で遊泳することが許されており[3]、街着を、高くなっているコンパートメントの中に置き、それはそこで乾いたままであるのが常だった[4]。
十中八九、すべての 移動更衣車には、小さな窓があったが[3]、しかし1906年5月26日付の『マンチェスター・ガーディアン』(『ガーディアン』)のいち筆者は、それらは「採光が悪い」("ill-lighted")だと考え、なぜ移動更衣車は天窓で改良されていないのかしらとあやしんだ[5]。移動更衣室は当時、車輪を用いて、あるいは滑らせて、水中に入れられるのが常だった。もっとも一般的な移動更衣車には、大きな車輪があり、ウマ1頭あるいは御者付きの1対のウマの推進力でサーフから出入りした。人力(じんりき)の押しで水から出入りする移動更衣室は、もっとまれであった。一部行楽地には、車輪が転動する木製軌道が水中まであったし、蒸気機関の力で推進するケーブルで出入りする移動更衣室のある行楽地は、数少なかった。
ひとたび水中に入れば、使用者らは、海側から上陸し、階段で水中にはいった。多くの移動更衣室には、前後にドアがあったが、ドアがひとつのみであれば、海の中に後退したであろうし、あるいは回転させる必要があったろう。移動更衣室が、ショアから、水浴者をいっさい見えないようにさえぎることが、本質的だと考えられていたのである。一部移動更衣室には、海側にキャンバスの天幕が備え付けられ、ときには海面まで下ろされ、水浴者に、より大きなプライバシーをもたらした。一部行楽地では、『ディッパー』(dipper)という、水浴者を海から出入りするのを助ける、同性の人物が雇われた。一部ディッパーは、水浴者を水中に押し入れてからぐいっと引き上げると言われ、経験の一部と考えた[6]。
移動更衣室はしばしば小旗が取り付けられ、これを掲揚して、水浴者は御者にいつでもショアに戻ることができる準備が出来ていることを信号した。
歴史[編集]
一部出典によれば、移動更衣室は、1750年にケント、マーゲイトで発達したが、ただしこれは「上品フード」("modesty hood")に関係しているかもしれない(水浴着はまだ一般的ではなく、大部分の人々は裸で水浴した)。「クウェーカー教徒であるミスタ・ベンジャミン・ビール(Mr. Benjamin Beale)が、移動更衣室の発明者である。その構造はシンプルであるが、すこぶる便利である。雨傘という手段によって、水浴の楽しみはそれだけひそやかに享受されるので、もっとも厳格な潔癖さとは調和するだろう」("Mr. Benjamin Beale, a Quaker, was the inventor of the Bath Machine. Their structure is simple, but quite convenient; and by means of the umbrella, the pleasures of bathing may be enjoyed in so private a manner, as to be consistent with the strictest delicacy.")[7]イングランド、スカボロ(Scarborough)のスカボロ・パブリック・ライブラリー(Scarborough Public Library)には、1736年付のジョン・セッターリントン(John Setterington)作の彫版画があるが、それは水浴している人々を示しており、移動更衣室の第一の証拠であると考えられているが、ディーヴォン(Devon)はこれは1年前の1735年には在ったと主張している[8]。
移動更衣室は大英王国と、イギリス人のいる大英帝国各地ですこぶる人気があったが、また、フランス、ドイツ、アメリカ合衆国、メキシコその他の諸国でも使用された。イギリスでは水浴地域の法律による隔離は、1931年に終わり、移動更衣室は急速に衰えた。1920年代初めまでに、移動更衣室は、より高齢な常連客に料理を提供するビーチにおいてさえ、ほとんど廃絶していた[9]。
移動更衣室は、1890年代までイングランドのビーチで活用されていたし、その1890年代にそれらはビーチに駐車されはじめた。それらはそれから、複数年にわたって据え置きの更衣室として利用されていた。その大部分は、大英王国では、1914年までに、姿を消していた[10]。
しかしながら、サフォーク、オールドバラで、画家エリック・ラヴィリオス(Eric Ravilious)は、1938年になってもなお、車輪付きの利使用中の移動更衣室を描くことができた[11]。世界各地で、それらは、据え置きのビーチ・ヒュッテ(beach hut)として、こんにちまで、生き延びている。
フィクションで[編集]
- ルイス・キャロル作のナンセンス詩『スナーク狩り』では、スナークの移動更衣室好きが、スナーク狩人が考慮しなければならぬ第4の「紛れもなく明白なしるし」("unmistakable mark")として挙げられている。
- アーサー・サリヴァン作のオペラ『イオランテ』(Iolanthe)の、大法官の「悪夢の歌」(the Lord Chancellor's "Nightmare Song")は、客船を、移動更衣室よりもそれほどたいして大きくはないと説明している。
脚注[編集]
- ↑ Byrde, Penelope (2013). “‘That Frightful Unbecoming Dress’ Clothes for Spa Bathing at Bath”. Costume 21 (1): 44–56. doi:10.1179/cos.1987.21.1.44. モジュール:Citation/CS1/styles.cssページに内容がありません。ISSN 0590-8876.
- ↑ Oulton, W. C. (1805). The Traveller's Guide; or, English Itinerary. Vol II. Ivy-Lane, London: James Cundee. p. 245
- ↑ 3.0 3.1 “Bathing - Jane Austen at the seaside”. Jane Austen Society of Australia (2007年3月26日). 2017年10月11日閲覧。 “ハンフリー・クリンカーの冒険の中のトビアス・スモレット(Tobias Smollett in The Expedition of Humphrey Clinker)。 ... 両側に小さな窓 ... 1789年ー ... 彼らの窓一面に ... マダム・ダーブレーの日記と手紙(Diary and Letters of Madame d’Arblay)、第5巻、 pp. 35-6 ... 男ら ... は、裸で水浴することができた。 ... 更衣に移動更衣室を利用し ... 1860年代まで、性的なことに対して淑女ぶることはうまくいかず、”
- ↑ Kidwell, Claudia. Women’s Bathing and Swimming Costume in the United States. Smithsonian Institution Press, 1968.
- ↑ Sharp, Evelyn (1906年5月26日). “How to dress in the water”. Manchester Guardian 2009年12月28日閲覧. "ill-lighted"
- ↑ Walton, John K. (1983). The English Seaside Resort: A Social History, 1750-1914. Leicester University Press. モジュール:Citation/CS1/styles.cssページに内容がありません。ISBN 978-0-312-25527-5
- ↑ Fisher, T. (1776). The Kentish Traveller's Companion. p. 119 2012年9月25日閲覧。
- ↑ Library Etchings (archived) at Devon
- ↑ Manning-Sanders, Ruth. Seaside England. B T Batsford, 1951.
- ↑ Jane Austen Society of Australia page on bathing
- ↑ Lara Feigel, Alexandra Harris, Modernism on Sea: Art and Culture at the British Seaside (2009), p. 212
読書案内[編集]
- Ferry, Kathryn. Beach Huts and Bathing Machines, Shire Publications, 2009. モジュール:Citation/CS1/styles.cssページに内容がありません。ISBN 978-0-7478-0700-1(英語)
- Schaefer, Mary & David. Where Did You Change?, Mica Publishers, 2006.(英語)
外部リンク[編集]
- Bathing machines at Flickr(英語)
- Martha Gunn page about a professional dipper, with an illustration of a row of bathing machines employing dippers.(英語)
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